コラム 2026年2月9日

「苦手」から逃げるのはなぜ? 「避ける」行動を強みに変える就労移行支援

読者への呼びかけと問題提起:その「苦手」、一人で抱えていませんか?

「苦手な作業をどうしても後回しにしてしまう」
「人との会話が怖くて、会議や雑談の場を無意識に避けてしまう」
「新しい業務を覚えるのに時間がかかり、挑戦するのが億劫になる」

このような悩みを抱え、「自分は怠けているのではないか」「社会人として失格なのではないか」と、ご自身を責めていませんか。もしそうであれば、まずお伝えしたいことがあります。その悩みは、あなたの「怠慢」や「わがまま」が原因ではないかもしれません。むしろ、ご自身の心と体を守るための、無意識のサインである可能性が高いのです。

近年、社会的な理解が進んできた発達障害は、脳機能の先天的な特性に起因するものであり、その特性が特定の状況下で「苦手」や「困難」として現れることがあります。そして、その「苦手」から心身を守るために、「避ける」という行動が選択されることは、極めて自然な防衛反応なのです。

この記事では、私たち就労移行支援事業所の専門的な視点から、「苦手なことを避ける」背景にある複雑な理由を、神経科学的・心理学的な知見に基づいて深く掘り下げていきます。そして、その状況をただ「問題」として捉えるのではなく、乗り越え、さらには自分らしく働くための「ヒント」に変えていくための具体的なステップを、体系的に解説します。

読み終える頃には、「避ける」という行動が、自分を守るための重要なサインであり、自分に本当に合った働き方を見つけるための羅針盤であったと、捉え直せるようになっているはずです。一人で抱え込まず、私たちと一緒に、その「苦手」の先にある可能性を見つけにいきましょう。


なぜ「苦手なこと」を避けてしまうのか?特性から紐解く背景

このセクションでは、「避ける」という行動の裏に隠された、ご本人にもどうしようもない困難を、科学的かつ多角的に解説します。これにより、当事者の方ご自身の自己理解を深めるとともに、周囲の方々の理解を促進することを目指します。

「避ける」は生存戦略である

まず最も重要な前提として、「避ける」という行動は、多くの場合、苦痛や過度なストレスから心身を守るための、脳の合理的な生存戦略であるという点を理解する必要があります。人間の脳は、危険や不快感を察知すると、扁桃体などの部位が活性化し、「闘争・逃走反応(Fight-or-Flight Response)」を引き起こします。これは、生命を維持するための本能的なメカニズムです。

発達障害の特性を持つ方にとって、ある特定の環境やタスクは、定型発達の方が感じるレベルをはるかに超える「苦痛」や「ストレス」となり得ます。例えば、ASDの感覚過敏を持つ方にとって、オフィスの騒音は物理的な痛みを伴うかもしれません。ADHDの実行機能に課題がある方にとって、整理されていない膨大なタスクは、圧倒的な精神的負荷となります。このような状況で「その場から離れたい」「そのタスクから目を背けたい」と感じるのは、燃え盛る炎から逃げようとするのと同じくらい自然な反応なのです。

したがって、「避ける」行動を本人の意欲や根性の問題として片付けてしまうことは、根本的な原因を見誤り、当事者を不必要に追い詰めることにつながります。大切なのは、その行動の背景にある「何がその人にとって耐えがたい苦痛なのか」を理解しようとすることです。

キーポイント

「避ける」行動は、単なる「逃げ」ではなく、発達障害の特性によって生じる耐えがたい苦痛から心身を守るための、脳の本能的な防衛反応であり、合理的な生存戦略です。この視点を持つことが、問題解決の第一歩となります。

ADHD特性に起因する「回避」行動

ADHD(注意欠如・多動症)のある方が特定のタスクや状況を避ける背景には、主に「実行機能の課題」「報酬系の特性」「失敗体験の蓄積」という3つの神経心理学的な要因が複雑に絡み合っています。

実行機能の課題:脳の「司令塔」の交通渋滞

実行機能とは、目標達成のために思考や行動を管理・制御する、いわば脳の「司令塔」のような役割を担う高度な認知機能群です。これには、計画立案、整理整頓、作業開始、注意の持続・転換、衝動の抑制などが含まれます。ADHDの根幹には、この実行機能の機能不全があると考えられています。

この「司令塔」がうまく機能しないと、タスクを前にしたとき、以下のような状況に陥りがちです。

  • 計画立案の困難:「報告書を作成する」というタスクがあった場合、それを「資料を集める→構成を考える→下書きを書く→推敲する」といった具体的なステップに分解することが難しい。タスク全体が巨大で漠然とした塊に見え、どこから手をつけていいか分からず、思考が停止してしまいます。
  • 作業開始の困難(タスク・イニシエーション):最初の一歩を踏み出すための精神的エネルギーが非常に大きく必要となります。やろうと思ってはいるものの、体が動かず、気づけば別のことを始めてしまっている、ということが頻繁に起こります。
  • ワーキングメモリの弱さ:作業に必要な情報を一時的に記憶し、同時に処理する能力(ワーキングメモリ)に課題があるため、複数の指示を覚えたり、複雑な手順を追ったりすることが苦手です。作業の途中で「何をしようとしていたんだっけ?」と分からなくなり、タスクを放棄してしまうことがあります。

これらの課題により、特に複雑で、手順が多く、長期的な見通しが必要なタスクは、着手する前から圧倒的な精神的負荷となり、「手に負えない」と感じて回避の対象となりやすいのです。

報酬系の機能不全と「先延ばし」:すぐにご褒美がもらえない仕事はつらい

ADHDの脳では、意欲や快感に関わる神経伝達物質であるドーパミンの働きが、定型発達の人とは異なると考えられています。特に、行動の結果として得られる「報酬」に対する感受性が低く、すぐにご褒美(報酬)が得られないと、モチベーションを維持することが難しいという特性があります。

仕事の多くは、「地道な作業を続けた結果、数週間後あるいは数ヶ月後に評価される」というように、行動と報酬の間にタイムラグがあります。ADHDの特性を持つ方にとって、このような「遠い報酬」のために現在の興味のない作業を続けることは、脳機能的に非常に困難な挑戦です。その結果、脳はより即時的で強力な報酬が得られる行動(例:SNSのチェック、興味のあるネットサーフィン、ゲームなど)に注意を奪われやすくなります。これが「先延ばし」の正体です。

これは意志の弱さではなく、脳がより強い刺激を求めてしまう生理的なメカニズムなのです。興味や関心のあることに対しては驚異的な集中力(過集中)を発揮できる一方で、興味のない退屈な作業は、強い苦痛を伴うため、無意識のうちに避けてしまうのです。

失敗体験の蓄積による不安:「どうせまた失敗する」という恐怖

不注意によるミス、提出物の遅れ、衝動的な発言など、ADHDの特性に起因する困難は、幼少期から「なんでできないの?」「また忘れたの?」といった叱責や否定的な評価につながりやすい傾向があります。こうした経験が積み重なると、「自分は何をやってもうまくいかない」「また失敗して怒られるかもしれない」という強い予期不安や学習性無力感を抱くようになります。

過去の失敗体験からくるこの不安は、新しいタスクや挑戦的な課題に直面した際に、自動的にフラッシュバックします。その結果、失敗という痛みを再び味わうことを避けるために、挑戦そのものを回避する(チャレンジを避ける)という行動パターンが形成されてしまうのです。

この状態は、単に「やりたくない」のではなく、「失敗するのが怖くてできない」という、より深刻な心理状態です。この不安を和らげ、安心して挑戦できる環境を整えることが、回避行動を減らす上で不可欠となります。

ASD特性に起因する「回避」行動

ASD(自閉スペクトラム症)のある方が特定の状況や人々を避ける背景には、主に「感覚特性(過敏・鈍麻)」「社会的状況の困難」という、世界との関わり方の独特な特性が深く関わっています。

感覚過敏による物理的苦痛:世界が牙をむく

ASDの特性を持つ方の多くは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)や固有受容覚、前庭覚といった感覚の処理に特異性を持っています。特に「感覚過敏」は、多くの人にとっては気にならない刺激を、耐えがたい苦痛として感じてしまう状態です。

  • 聴覚過敏:オフィスの電話の音、キーボードのタイピング音、人々の話し声などが、耳に突き刺さるような痛みとして感じられる。特定の周波数の音が特に苦手な場合もある。
  • 視覚過敏:蛍光灯のちらつき、強い日差し、カラフルな掲示物などが、目に痛みやめまいを引き起こす。人混みや動くものが視界に入ると情報過多で混乱する。
  • 嗅覚過敏:同僚の香水や柔軟剤の匂い、食べ物の匂いなどで気分が悪くなり、吐き気を催すことがある。
  • 触覚過敏:特定の素材の衣服(例:ウールのセーター)が肌に触れるとチクチクして耐えられない。予期せぬ他者との接触(例:満員電車での体の触れ合い)に強い不快感や嫌悪感を抱く。

これらの感覚的な苦痛は、精神論で乗り越えられるものではなく、物理的な痛みや不快感を伴います。そのため、その苦痛の原因となる場所(例:騒がしいオフィス、人混み、特定の店舗)や人(例:香水の強い人)を物理的に避けることは、自分自身を守るための最も直接的で有効な手段となるのです。

感覚過負荷と「メルトダウン」:限界を超えたときの緊急シャットダウン

感覚過敏のある方が、強い刺激に長時間さらされ続けると、脳の情報処理能力の限界を超えてしまいます。この状態を「感覚過負荷(Sensory Overload)」と呼びます。感覚過負荷や、予期せぬ予定変更、対人関係のストレスなどが限界点に達すると、自分ではコントロールできないパニック状態に陥ることがあります。これが「メルトダウン」です。

メルトダウンは、突然大声を出したり、泣き叫んだり、物を投げたり、自傷行為に至ったりと、周囲からは「感情的な爆発」や「暴力」と誤解されがちです。しかし、その本質は、耐えがたい苦痛からの「緊急脱出」や、システムの強制終了(シャットダウン)に近いものです。本人は好きでそうしているわけではなく、制御不能な状態に陥っているのです。

過去にメルトダウンを経験した方は、その前兆となる感覚過負荷の状態を無意識に学習します。そして、限界に達する前にその状況から「緊急脱出」しようとします。会議の途中で退席する、人混みを避けて遠回りする、といった行動は、メルトダウンという最悪の事態を未然に防ぐための、切実な予防行動なのです。

社会的状況への困難:見えないルールが多すぎる

ASDのもう一つの大きな特性は、社会的なコミュニケーションや相互作用における困難さです。これは、他者の気持ちを推測したり、言葉の裏にある意図(皮肉や冗談など)を読み取ったり、その場の「暗黙のルール」や「空気」を理解したりすることが、脳機能的に苦手であることに起因します。

  • 言葉の文字通りの解釈:「適当にお願いします」と言われると、どの程度が「適当」なのか分からず混乱する。「考えておきます」と言われると、肯定されたと受け取ってしまう。
  • 非言語的コミュニケーションの困難:相手の表情や声のトーン、視線などから感情を読み取ることが苦手で、相手が怒っているのか喜んでいるのか分からず、不安になる。
  • 対人距離の測り方の難しさ:相手との物理的・心理的な距離感がつかめず、馴れ馴れしすぎるとか、逆にそっけなさすぎるといった印象を与えてしまうことがある。

こうした特性により、対人関係において誤解が生じたり、意図せず相手を怒らせてしまったりする経験を重ねやすくなります。その結果、他者とのコミュニケーション自体が、予測不能でストレスの多いものとなり、「人と関わると疲れる」「また失敗するかもしれない」と感じ、会議や雑談、飲み会といった社会的状況全般を避ける傾向につながります。これは「人嫌い」なのではなく、社会的なやりとりに伴う認知的な負荷やストレスから身を守るための、合理的な選択なのです。


【就労移行支援の視点】「避ける」から「向き合う・活かす」への3ステップ

「なぜ避けるのか」という原因を理解した上で、次に取り組むべきは「では、どうすればよいのか」という具体的な解決策です。私たち就労移行支援事業所では、単に「頑張って克服する」という精神論ではなく、科学的根拠に基づいた体系的なアプローチで、ご本人が「避ける」必要のない働き方を見つけるサポートをします。その核心となるのが、「①自己理解の深化」「②対処スキルの習得」「③環境調整」という3つのステップです。

ステップ1:自己理解の深化 – 「自分のトリセツ」を専門家と作る

全ての土台となるのが、自分自身の特性を客観的かつ正確に理解することです。自分がどのような状況でストレスを感じ、どのようなことが得意で、何に困難を感じるのか。これを曖昧な感覚ではなく、具体的な言葉やデータで把握することが、あらゆる対策を立てる上での出発点となります。

なぜ自己理解が重要なのか?

発達障害のある方の中には、長年の困難な経験から、自己評価と他者からの評価に大きなズレが生じていることが少なくありません。「自分はダメな人間だ」と過度に自己否定したり、逆に「自分はできるはずなのに周りが理解してくれない」と課題を客観視できなかったりします。このズレが大きいほど、対人関係での摩擦や仕事でのミスマッチが起こりやすくなります。自己理解を深めることは、このズレを修正し、等身大の自分を受け入れ、現実的な目標設定を行うために不可欠なのです。

具体的な支援内容

  • アセスメント(客観的評価):支援の初期段階で、各種心理検査(例:WAIS-IVなど)や、標準化された作業評価ツール(例:ワークサンプル幕張版など)を実施します。これにより、認知機能の得意・不得意のバランス、作業の正確性やスピード、集中力の持続性などを客観的なデータとして可視化します。これは、自分の強みと課題を裏付ける「根拠」となります。
  • 面談とフィードバック:専門の支援員が定期的に(例えば2週間に1回)個別面談を行います。日々の訓練やグループワークでの様子、困ったこと、うまくいったことなどを一緒に振り返ります。その際、支援員は「あの場面で〇〇さんが混乱していたのは、複数の指示が同時に出たからかもしれませんね」というように、行動の背景にある特性と結びつけてフィードバックします。これにより、本人の「気づき」を促します。
  • 「自分のトリセツ」の作成:アセスメントや面談を通じて得られた気づきを、ただの知識で終わらせず、実用的なツールに落とし込みます。これが「自己紹介シート」「ナビゲーションブック」「私の取扱説明書」などと呼ばれるものです。ここには、以下のような内容を整理して記述します。
    • 得意なこと・強み:(例:細かい間違いを見つけるのが得意、一度覚えた手順は正確に繰り返せる)
    • 苦手なこと・課題:(例:口頭での長い指示は覚えられない、急な予定変更があると混乱する)
    • ストレスを感じる状況:(例:騒がしい場所、マルチタスクを求められる状況)
    • パフォーマンスが上がる環境:(例:静かな場所、指示が文章で示される環境)
    • 必要な配慮事項:(例:指示はチャットなど文字でお願いします、集中したい時はヘッドホンをさせてください)

この「トリセツ」を作成するプロセス自体が、自己理解を深める強力な訓練となります。そして完成したトリセツは、後の就職活動において、自分の特性を企業に的確に伝え、適切な配慮を求めるための強力な武器となるのです。

ステップ2:対処スキル(コーピング)の習得 – 「苦手」とうまく付き合う技術を身につける

自己理解によって自分の「苦手」の正体が分かったら、次はその苦手な状況や、それによって引き起こされるストレスに、どう対処していくかを学びます。これがコーピング(Coping)スキルの習得です。就労移行支援では、科学的根拠のある様々な心理療法に基づいたプログラムを提供し、困難な状況を乗り切るための「引き出し」を増やしていきます。

具体的な支援プログラム

  • 認知行動療法(CBT):CBTは、ある出来事に対する「認知(とらえ方・考え方)」が、その後の「感情」や「行動」に影響を与えるという考えに基づきます。例えば、「上司に挨拶を無視された」という出来事に対し、「私は嫌われているに違いない」という認知を持つと、不安や落ち込みという感情が生まれ、「上司を避ける」という行動につながります。CBTの訓練では、こうした自動的に浮かぶ思考(自動思考)のクセに気づき、「もしかしたら、上司は考え事をしていて気づかなかっただけかもしれない」というように、より現実的でバランスの取れた別の考え方を見つける練習をします。これにより、過度な不安や自己否定を和らげ、ストレスを軽減します。
  • 行動療法:先延ばしや衝動的な行動など、問題となっている具体的な「行動」そのものに焦点を当てます。まず、その行動が「どのような状況で(先行事象)」「どのような結果をもたらしているか(結果事象)」を分析します(ABC分析)。例えば、「複雑なタスクを前にすると(先行事象)、スマホを見てしまい(行動)、一時的に気は楽になるが、後で罪悪感に襲われる(結果事象)」といったパターンを把握します。その上で、行動を変えやすくするための具体的な技法を実践します。
    • タスクの細分化(スモールステップ):「報告書作成」を「15分だけ資料に目を通す」というように、抵抗なく始められる小さな単位に分解する。
    • 環境整備:作業中はスマホを別の部屋に置くなど、誘惑を物理的に遠ざける。
    • 報酬設定:「15分作業したら、好きな音楽を1曲聴く」など、小さなご褒美を用意してモチベーションを高める。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST):職場での円滑な人間関係を築くための具体的なコミュニケーションスキルを、ロールプレイング形式で実践的に学びます。「報告・連絡・相談(報連相)の適切なタイミングと内容」「相手を不快にさせない断り方」「会議での質問の仕方」「雑談の始め方と続け方」など、具体的な場面を設定して練習を繰り返します。失敗しても安全な環境で練習することで、実際の場面での成功体験を積み、対人関係への不安を軽減していきます。
  • ストレスマネジメントと感情調整:ストレスを感じた時に、パニックにならずにセルフケアできる力を養います。
    • 問題焦点型コーピング:ストレスの原因そのものに働きかけて解決しようとする方法(例:タスクが多すぎるなら上司に相談する)。
    • 感情焦点型コーピング:ストレスの原因は変えられない場合に、自分の感情を和らげる方法(例:好きな音楽を聴く、散歩する、誰かに話を聞いてもらう)。
    • リラクゼーション法:深呼吸、漸進的筋弛緩法、マインドフルネス瞑想などを学び、心身の緊張をほぐす技術を身につけます。

これらのスキルは、一度身につければ一生使える財産となります。「苦手」を完全になくすことはできなくても、それとうまく付き合い、乗りこなしていくための「技術」を習得することが、このステップのゴールです。

ステップ3:環境調整と合理的配慮 – 「苦手」を克服するのではなく、環境を最適化する

自己理解を深め、対処スキルを身につけても、本人の努力だけではどうにもならない問題があります。それが「環境」とのミスマッチです。このステップでは、「本人が変わる」努力と同時に、「環境を本人に合わせる」アプローチがいかに重要であるかを学び、実践していきます。これは、障害者差別解消法で定められた「合理的配慮」の考え方にも通じるものです。

「頑張って慣れる」の限界

例えば、聴覚過敏のある人が「騒がしいオフィスに気合で慣れろ」と言われても、それは拷問に近い苦痛を強いるだけです。マルチタスクが苦手な人に「臨機応変に対応しろ」と要求し続けても、ミスと混乱を増やすだけでしょう。本人の特性と環境の要求が著しく乖離している場合、「頑張る」ことは心身の消耗につながり、二次障害(うつ病や不安障害など)を引き起こすリスクを高めます。解決策は、本人の能力が最大限に発揮されるように、環境の方を調整することにあるのです。

具体的な支援内容

  • 配慮事項の整理と具体化:ステップ1で作成した「自分のトリセツ」を基に、職場でどのような配慮があれば働きやすくなるかを、具体的かつ現実的なレベルでリストアップします。
    • NG例(抽象的):「静かな環境にしてください」「丁寧に教えてください」
    • OK例(具体的):「可能であれば、電話が少ない窓際の席に配置していただけると助かります」「指示は口頭だけでなく、チャットやメールなど文字でもいただけると、抜け漏れなく実行できます」「新しい業務は、一度に全てではなく、一つずつ教えていただけると覚えやすいです」
  • 企業への「伝え方」の練習:整理した配慮事項を、ただ「できません」「助けてください」というネガティブな要求として伝えるのではありません。面接や入社後の面談で、「このような配慮をいただければ、私の強みである〇〇を活かして、このように貢献できます」というポジティブな形で、効果的に伝える練習を行います。これは、企業側にとっても「どうすればこの人の力を引き出せるか」が分かりやすくなり、協力関係を築く上で非常に重要です。
  • ジョブコーチの活用:就職後、特に初期の段階で、本人と企業の間に専門の支援者(ジョブコーチ)が入ることが極めて有効です。ジョブコーチは、職場を訪問し、本人の働きぶりと職場の環境をアセスメントします。その上で、
    • 企業側へ、本人の特性に合った業務の教え方や指示の出し方を具体的に提案する。
    • 本人側へ、職場の暗黙のルールや文化を解説し、適応を助ける。
    • 両者の間で生じた誤解やコミュニケーションの齟齬を解消する「通訳」のような役割を担う。

    入職初期の丁寧な環境調整は、その後の長期的な定着を大きく左右します。

この3ステップを通じて、「苦手」はもはや「避けるべき脅威」ではなく、「自分の特性を理解し、適切な対処法と環境を選択するためのサイン」へと変わっていきます。これが、就労移行支援が目指す、本質的な問題解決のプロセスなのです。


実践編:「苦手」を強みに変える就職活動の進め方

自己理解を深め、対処スキルを身につけ、必要な配慮事項が明確になったら、いよいよ実践のステージである就職活動へと進みます。ここでの目標は、やみくもに求人に応募することではありません。これまでのステップで得た「自分のトリセツ」を羅針盤として、自分の「苦手」を避けつつ、「得意」を最大限に活かせる仕事と職場を戦略的に見つけ出すことです。

自分に合った仕事・職場の見つけ方

ミスマッチな就職は、早期離職や心身の不調につながる最大の要因です。そうならないために、就労移行支援では以下の視点で仕事探しを徹底的にサポートします。

「できること」と「やりたいこと」の棚卸し

「どんな仕事がしたいか分からない」という方は少なくありません。その場合、まず就労移行支援の訓練を通じて客観的に明らかになった「できること(得意な作業)」をリストアップします。例えば、「データ入力の正確性が高い」「マニュアルに沿った作業を黙々と続けられる」「特定の分野の知識が豊富」などです。次に、それと自分の「やりたいこと(興味・関心)」を掛け合わせ、職種の選択肢を広げていきます。例えば、「細かい作業が得意」×「ゲームが好き」→「ゲームのデバッガー」、「整理整頓が得意」×「本が好き」→「図書館の司書補助」といった具合です。

求人票の「裏」を読む

求人票には、「コミュニケーション能力の高い方」「臨機応変な対応ができる方」といった抽象的な言葉が並んでいることがよくあります。発達障害の特性を持つ方にとって、こうした言葉は不安を煽るかもしれません。しかし、そこで諦める必要はありません。支援員と一緒に、その言葉が具体的にどのような業務場面を指しているのかを分析します。

  • 「コミュニケーション能力」:不特定多数との雑談を求められるのか、それともチーム内の決まったメンバーとの報告・連絡・相談ができれば良いのか。
  • 「臨機応変な対応」:クレーム対応のように予測不能な事態への対応か、それとも複数の定型業務を優先順位をつけてこなすことか。

このように具体的な業務内容に分解することで、自分にできそうかどうかの判断がしやすくなります。また、障害者雇用枠の求人では、業務内容がより具体的に記載されているケースも多くあります。

職場見学・実習の徹底活用

書類や面接だけでは、職場の本当の姿は分かりません。ミスマッチを防ぐ最も有効な手段が、応募前に職場見学や職場実習に参加することです。これにより、以下のような求人票だけでは分からない重要な情報を、自分の五感で確認することができます。

  • 物理的環境:オフィスの明るさ、音の大きさ、匂い、デスクの配置(パーテーションの有無など)
  • 業務の進め方:指示は口頭か文書か、マニュアルは整備されているか、一人で集中する時間とチームで協力する時間のバランスはどうか
  • 職場の雰囲気:従業員同士の会話の頻度やトーン、休憩時間の過ごし方、服装の自由度など

実際にその環境に身を置くことで、「ここなら働けそう」「ここは自分には合わない」という体感的な判断ができます。就労移行支援事業所は、多くの企業と連携しており、こうした見学や実習の機会をアレンジすることが可能です。

特性を活かした成功事例紹介

「苦手」を避け、「得意」を活かす戦略が、実際にどのように成功につながるのか。ここでは、私たちの支援を通じて就職を実現された方々の事例を、特性と職種を組み合わせてご紹介します。

事例1:ASD(自閉スペクトラム症)× データ入力職|静かな環境で「正確性」を強みに

  • 就職前の課題:人との雑談が苦手で、集団面接ではうまく話せない。複数の業務を同時に頼まれると混乱し、短期のアルバイトが続かなかった。
  • 就労移行支援での戦略:
    1. 自己理解を通じて、「静かな環境で、ルールが明確な定型業務に集中すること」が得意だと判明。
    2. データ入力や書類のファイリングといった、高い正確性と集中力が求められる事務補助職にターゲットを絞る。
    3. 模擬面接を繰り返し、自身の強み(正確性、持続力)と必要な配慮(指示の明確化)を伝える練習を重ねた。
    4. 職場実習を通じて、静かなオフィスでの作業に自信を深めた。
  • 就職後の成果:事務補助として入社後、その仕事の正確さと丁寧さが評価され、正社員に登用。「無理に周囲と馴染もうとせず、仕事の質で信頼を築けているのが嬉しい」と語るように、自分の強みを最大限に活かせる環境で安定して活躍している。

事例2:ADHD(注意欠如・多動症)× 倉庫内ピッキング業務|「多動性」をフットワークの軽さに

  • 就職前の課題:デスクワークが苦痛で集中が続かず、ケアレスミスを繰り返してしまう。ルールが曖昧な職場では、何をすべきか分からなくなりがちだった。
  • 就労移行支援での戦略:
    1. アセスメントで、体を動かすことへの抵抗が少なく、むしろ座り仕事よりも活動的な業務の方が集中力が続く特性が明らかになった。
    2. 倉庫内でのピッキングや検品など、常に動き回り、明確な指示(伝票)に基づいて作業する仕事に注目。
    3. ToDoリストやスマートウォッチのタイマーを活用したタスク管理・時間管理の訓練を徹底。
    4. 企業実習で、広大な倉庫を歩き回りながら商品をピックアップする業務に高い適性を示し、本人も手応えを感じた。
  • 就職後の成果:大手物流企業の倉庫管理部門に採用。伝票に従って商品を正確に集める業務は、彼の特性に完璧にマッチした。「これまで“落ち着きがない”と言われてきた自分の特性が、ここでは“フットワークが軽い”“仕事が早い”と評価されるようになった」と、短所と見なされがちだった特性が長所に転換された好例。

事例3:ASD+ADHD混合型 × 在宅ワーク(Webライター)|「普通の働き方」からの解放

  • 就職前の課題:感覚過敏があり、通勤電車やオフィスの環境が強いストレスだった。対面でのコミュニケーションに極度の緊張を感じる。締切が迫るとパニックになり、作業が手につかなくなる。
  • 就労移行支援での戦略:
    1. 自己理解を深める中で、「通勤や物理的な人間関係のストレスをゼロにすること」が、安定して働くための最優先事項であると結論づけた。
    2. 「会社に通勤する」という従来の働き方の枠を外し、オンラインで完結できる在宅ワークに可能性を見出す。
    3. PCスキル訓練でライティング技術を学び、まずはクラウドソーシングサイトで文字単価の低い小さな案件から受注を開始。スモールステップで実績と自信を積んでいった。
    4. 支援員と協力し、納期管理やクライアントとのコミュニケーション(主にテキストベース)の方法を確立した。
  • 就職後の成果:現在はフリーランスのWebライターとして、月に数万円の収入を安定的に得られるまでに成長。自分のペースで働ける静かな自宅環境が特性に合っており、自己肯定感も大幅に向上した。「“普通の働き方”に自分を合わせるのではなく、自分に合った働き方を創り出すことができて、初めて働くことが楽しいと思えた」と語っている。(参考:エンカレッジ 事例3)

これらの事例に共通するのは、「苦手」から目を背けるのではなく、それを「自分に合わない環境を教えてくれるサイン」として活用し、自分の「得意」が輝く場所を戦略的に探し出したという点です。就労移行支援は、そのための戦略立案と実践を伴走するパートナーなのです。


あなたに合ったサポートを見つけるために:就労移行支援事業所の選び方

ここまで読んでいただき、「自分も専門的なサポートを受けてみたい」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。そのための有力な選択肢が、私たち就労移行支援事業所です。このセクションでは、就労移行支援の役割を改めて整理し、数ある事業所の中からご自身に本当に合った場所を選ぶための具体的なチェックポイントをご紹介します。

就労移行支援事業所ができること(まとめ)

就労移行支援事業所は、障害者総合支援法に基づく福祉サービスの一つで、障害のある方が一般企業への就職を目指すために必要な知識やスキルを身につけるための「学校」のような場所です。原則として最長2年間、以下のような多岐にわたるサポートを個別計画に基づいて提供します。

  • 個別支援計画の作成:支援員との面談を通じて、一人ひとりの特性や希望、目標に合わせたオーダーメイドの支援計画(個別支援計画)を作成します。
  • 職業訓練・スキルアップ:
    • ビジネスマナー、PCスキル(Word, Excelなど)といった基礎的なスキルの習得。
    • プログラミング、Webデザイン、経理など、より専門的なスキルの訓練(事業所による)。
    • 本記事で解説した、自己理解プログラム、SST、CBT、ストレスマネジメントなどの心理・社会的スキルの向上。
  • 就職活動の包括的サポート:
    • 自己分析や企業研究のサポート。
    • 履歴書・職務経歴書の添削、模擬面接の実施。
    • ハローワークや連携企業からの求人情報の提供。
    • 職場見学や実習の調整、同行。
  • 就職後の定着支援:就職はゴールではなく、スタートです。就職後も、安定して長く働き続けられるように、定期的な面談や、必要に応じて企業担当者との三者面談を行い、職場での困りごとを解決するためのサポートを継続します(通常、就職後6ヶ月〜)。

失敗しない!事業所選びのチェックポイント

全国には多くの就労移行支援事業所があり、それぞれに特色があります。自分に合わない事業所を選んでしまうと、通所が苦痛になったり、十分なサポートが受けられなかったりする可能性があります。以下のポイントを参考に、慎重に選びましょう。

  1. プログラム内容は自分の課題に合っているか?

    自分の課題が「コミュニケーション」ならSSTが充実しているか、「時間管理やタスク遂行」ならADHDの特性に特化したプログラムがあるか、「特定の専門スキル」を身につけたいなら、その訓練コースがあるかを確認しましょう。公式サイトのプログラム紹介や、見学時の説明で具体的に質問することが重要です。

  2. 就職実績は自分の希望と合致しているか?

    単に「就職率〇〇%」という数字だけでなく、その「中身」を見ることが大切です。「どんな職種(例:事務、IT、軽作業)に」「どんな雇用形態(例:正社員、契約社員)で」就職している人が多いのかを確認しましょう。自分が目指す働き方を実現している先輩がいるかどうかは、その事業所の支援の質と方向性を示す重要な指標です。

  3. 事業所の雰囲気や環境は自分に合うか?

    これは最も重要なポイントの一つです。必ず複数の事業所の見学や体験利用をしましょう。

    • 物理的環境:施設の清潔さ、明るさ、静かさ、パーテーションの有無など、自分の感覚特性に合うか。
    • 人的環境:スタッフの話し方や対応は丁寧か、他の利用者の雰囲気はどうか、自分がその場で安心して過ごせそうか。

    フィーリングや相性といった、言葉にしにくい部分を自分の肌で感じることが、後悔しない選択につながります。

  4. スタッフの専門性と経験は十分か?

    発達障害への深い理解は、質の高い支援の前提条件です。スタッフが社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士といった専門資格を持っているか、発達障害支援に関する研修を積んでいるかなどを確認すると良いでしょう。また、本記事で紹介したような認知行動療法(CBT)や行動療法といった専門的なアプローチを提供できるスタッフがいるかどうかも、事業所の専門性を見極めるポイントになります。

まずはお気軽にご相談ください

就労移行支援の利用を検討するにあたり、多くの不安や疑問があると思います。「利用料金はかかるの?」「今の自分でも通えるだろうか?」「家族の同意は必要?」など、様々なことが頭をよぎるかもしれません。(※利用料金は前年度の世帯所得に応じて決まりますが、多くの方が自己負担なく利用されています。)

ほとんどの就労移行支援事業所では、無料で見学や個別相談会を随時実施しています。まずは話を聞いてみるだけでも構いません。複数の事業所の話を聞くことで、自分の中で考えが整理されたり、新たな可能性に気づいたりすることもあります。

一人で悩み、インターネットの情報だけで判断しようとすると、かえって混乱してしまうこともあります。専門家と一緒に考えることで、必ず道は開けます。その第一歩として、お近くの就労移行支援事業所や、市町村の障害福祉窓口、発達障害者支援センターなどに、ぜひ一度お問い合わせください。


まとめ:未来へ踏み出すあなたへのメッセージ

この記事を通じて、発達障害のある方が「苦手なことを避ける」背景にある、ご本人の努力だけではどうにもならない脳機能や心理的な要因について、ご理解いただけたかと思います。

重要なのは、「苦手なことを避ける」のは、あなた自身を守るための重要なサインであるという視点です。それは、あなたの人格や意欲の問題ではなく、あなたの特性と環境が合っていないことを知らせる警報なのです。

そして、就労移行支援という場所は、その警報の音を正しく解読するための場所です。

  • なぜ警報が鳴るのかを、専門家と一緒に分析し、自己理解を深める(ステップ1)
  • 警報が鳴った時に、パニックにならず冷静に対処するための技術を学び、コーピングスキルを習得する(ステップ2)
  • そもそも警報が鳴らないような、安全で快適な環境を設計し、環境を調整する(ステップ3)

このプロセスを経ることで、「苦手」はもはや克服すべき敵ではなく、あなただけの「強み」や「最適な働き方」を見つけるための、信頼できる羅針盤へと変わっていきます。

静かな環境でこそ輝く集中力。体を動かすことで発揮されるエネルギー。ルールへの忠実さ。あなたの「苦手」の裏側には、必ずユニークな「得意」が隠されています。それに気づき、それを活かせる場所を見つける旅は、決して孤独なものではありません。

私たち就労移行支援事業所は、その旅の専門知識を持った伴走者です。あなたが自分らしく、安心して働き、そして「働くって、意外と悪くないな」と思える未来にたどり着くまで、すぐ隣でサポートします。

最初の一歩を踏み出すのは、勇気がいるかもしれません。しかし、その一歩が、これまでの悩みを希望に変える、最も確実な一歩です。私たちは、いつでもあなたの声をお待ちしています。

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