コラム 2026年2月25日

数学が苦手な発達障害のある方へ:就労移行支援の視点からキャリアを拓く

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就労移行支援 診断

数学の苦手意識は「あなたのせい」ではない

「計算がどうしても合わない」「文章問題の意味が理解できない」「数字を見るだけで頭が真っ白になる」——。数学に対する強い苦手意識や不安を抱える方は少なくありません。特に、発達障害の特性を持つ方の中には、その困難さが単なる「不得意」ではなく、脳機能の特性に根差している場合があります。この記事では、就労移行支援事業所の視点から、数学への苦手意識の背景を解き明かし、それがキャリア形成にどう影響するのか、そしてどうすればその壁を乗り越えられるのかを具体的に解説します。

発達障害の特性と数学の困難さ

発達障害と一口に言っても、その特性は多様です。数学の学習における困難さも、それぞれの特性と深く関連しています。

  • 自閉スペクトラム症(ASD):抽象的な概念の理解や、複数の情報を一時的に記憶しながら処理するワーキングメモリの課題が、複雑な計算や文章問題の読解を難しくすることがあります。一方で、パターン認識や体系的な思考が得意な場合も多く、その強みを活かせる可能性も秘めています。研究によれば、ASDのある子どもは数学障害(MLD)を示す割合が一般人口の約3倍高い一方で、数学的な才能を示す子どももいることが報告されています。
  • 注意欠如・多動症(ADHD):不注意や衝動性、実行機能の課題が、計算ミス、問題文の読み飛ばし、手順の混同などにつながりやすいです。ワーキングメモリの負荷が高い複数ステップの問題では特に困難を感じることがあります。
  • 算数障害(ディスカルキュリア):数の概念そのものや、量を直感的に捉えること、数の大小を比較することに特異的な困難があります。これは知的な遅れとは関係なく、人口の約5〜8%に見られる学習障害です。特に、視空間的な情報を処理するワーキングメモリの弱さが関連していると指摘されています。

これらの困難は、本人の努力不足や知能の問題ではなく、脳の働き方の違いによるものです。この事実を理解することが、自分を責めずに前向きな一歩を踏み出すための第一歩となります。

数学不安という壁

過去の失敗体験や周囲との比較から、「自分は数学ができない」という強い思い込みや恐怖心が生まれることがあります。これを「数学不安」と呼びます。数学不安は、ワーキングメモリの働きを阻害し、本来持っているはずの能力さえも発揮できなくさせてしまう厄介な存在です。

特に、不安を感じやすい傾向のあるASDの方にとって、数学不安は大きな障壁となり得ます。ある研究では、ASDのある青年において、テスト不安が数学の問題解決能力と負の相関関係にあることが示唆されています。つまり、不安が高いほど、数学の成績が下がる傾向が見られたのです。

この悪循環を断ち切るには、単に数学の問題を解くだけでなく、不安を管理し、成功体験を積み重ねて自己肯定感を高めるアプローチが不可欠です。就労移行支援では、このような心理的な側面にも配慮したサポートを行っています。

なぜ「働く」ために数学スキルが求められるのか?

「数学が苦手だから、自分にできる仕事なんてないのでは…」と不安に思うかもしれません。しかし、結論から言えば、高度な数学を必要としない仕事は数多く存在します。例えば、Webフロントエンド開発やアプリ開発など、論理的思考は重要ですが、複雑な数式を使う場面は限定的です。

重要なのは、「数学=難しい学問」というイメージから一旦離れ、「仕事で使う実践的なツール」として捉え直すことです。

「高度な数学」ではなく「職業数学」という視点

多くの職場で求められるのは、大学で学ぶような抽象的な数学ではなく、「職業数学(Vocational Math)」と呼ばれる実践的なスキルです。これは、業務を円滑に進めるための基礎的な数量的思考力を指します。

  • 基本的な計算能力:売上計算、経費精算、在庫管理、給与計算など、ビジネスの基本は数字で成り立っています。
  • データの読解と活用:報告書やマニュアルに記載されたグラフや表を理解し、必要な情報を読み取る力。
  • 論理的思考と問題解決:業務上の課題に対し、原因を特定し、手順を組み立てて解決策を導き出す力。これは数学的な問題解決プロセスそのものです。
  • 概算・見積もり能力:作業時間やコストをおおよそで見積もる力は、効率的な計画立案に不可欠です。

実際に、多くの職業訓練校の入校選考では、中学卒業レベルの国語と数学が筆記試験の科目となっています。これは、職業訓練で学ぶ専門技術を習得するための基礎学力として、これらのスキルが重要だと考えられているからです。

数学的思考がキャリアの選択肢を広げる

基本的な数学スキルや論理的思考力は、特定の職種だけでなく、幅広いキャリアパスの土台となります。これらのスキルを身につけることで、これまで「自分には無理だ」と思っていた分野にも挑戦できる可能性が広がります。

  • IT・テクノロジー分野:プログラミングやデータ分析では、論理的思考や問題を小さな単位に分解する力が直接的に活かされます。
  • 製造・技術職:設計図の読解、品質管理、工程管理など、正確な数値の取り扱いが求められます。
  • 事務・管理部門:予算管理、データ入力・集計、業務プロセスの改善など、効率化や正確性が重視される業務で役立ちます。
  • 販売・サービス業:売上分析、在庫管理、シフト作成など、数字に基づいた判断が業績向上につながります。

数学スキルは、単に計算ができること以上の意味を持ちます。それは、論理的に考え、問題を解決し、情報を的確に分析する能力の証明であり、多くの業界で高く評価される資質です。

数学への苦手意識を理由に、自らの可能性を狭めてしまうのは非常にもったいないことです。適切な学習戦略とサポートがあれば、誰でも必要なスキルを身につけ、キャリアを切り拓くことができます。

苦手を克服する:発達障害の特性に合わせた数学学習戦略

「わかってはいるけど、やっぱり勉強が続かない…」と感じる方も多いでしょう。従来の画一的な学習方法が合わないのは当然です。重要なのは、ご自身の脳の特性に合った方法を見つけることです。ここでは、就労移行支援でも実践されている、科学的根拠に基づいた学習戦略を紹介します。

脳の特性を活かす「マルチセンサリー学習」

マルチセンサリー(多感覚)学習とは、視覚、聴覚、触覚、運動感覚など、複数の感覚を同時に使って学ぶ方法です。これにより、情報が脳の様々な領域にインプットされ、記憶に定着しやすくなります。特に、発達障害のある方には非常に有効なアプローチです。

  • 視覚的支援(見る・描く):ASDやディスカルキュリアのある方の多くは、言葉による説明よりも視覚的な情報の方が理解しやすい傾向があります。
    • 図や絵で問題を可視化する:文章問題を絵や図に描き起こすことで、関係性が一目でわかります。ある研究では、ADHDのある子どもが文章問題を図解するよう教わったところ、成績が劇的に向上しました。
    • 具体物(マニピュラティブ)を使う:おはじきやブロック、模型など、実際に手で触れるものを使うと、抽象的な数の概念が具体的になります。
    • タッチポイント戦略:数字に点の目印をつけ、それを指で触りながら数える方法です。ASDのある生徒の足し算スキル向上に有効であったという研究報告があります。
  • 身体的・運動感覚的支援(動く・触る):ADHDのある方など、体を動かすことで集中力が高まる場合があります。
    • 指を使って数える:最も手軽で効果的な身体的支援の一つです。
    • 歩きながら暗唱する:九九や公式などを、歩いたり足踏みしたりしながら声に出して覚えます。

ある研究では、学習障害のある英語学習者に対して、視覚・言語・対話・身体的という4種類の「スキャフォールディング(足場かけ)」を行ったところ、特に身体的な支援が乗法的な思考の理解に最も頻繁かつ効果的に使われたことが示されています。

実行機能の負担を減らす「スキャフォールディング」

スキャフォールディングとは、学習者が自力で課題を達成できるように、専門家や教師が一時的に提供する「足場」のようなサポートのことです。特に、ワーキングメモリや注意の切り替えといった実行機能に課題がある場合、このアプローチが有効です。

  • 情報のチャンキング(分割):複雑な問題を一度に解こうとせず、小さなステップに分解します。「①問題文の情報を整理する」「②図を描く」「③式を立てる」「④計算する」のように、一つずつクリアしていくことで、ワーキングメモリの負担を軽減できます。
  • グラフィックオーガナイザーの活用:思考のプロセスを視覚的に整理するためのフレームワークです。例えば、文章問題で「わかっていること」「知りたいこと」「使う公式」を書き出す欄を設けたシートを使うと、頭の中が整理され、見通しを持って問題に取り組めます。
  • スモールステップでの学習:公文式学習のように、非常に簡単な課題から始め、少しずつ難易度を上げていく方法です。常に「少し頑張ればできる」レベルの課題に取り組むことで、達成感を得やすく、学習意欲を維持できます。

テクノロジーを活用した個別学習

近年、テクノロジーの進化により、一人ひとりの学習ペースや理解度に合わせた個別学習が容易になりました。AIを活用した学習プラットフォームや、ゲーム感覚で学べるアプリは、楽しみながらスキルを習得するための強力なツールです。

  • 学習支援アプリ・ソフトウェア:『すらら』や『Monster Math』など、個人の進捗に合わせて問題の難易度を自動調整してくれるサービスがあります。『すらら』はSPI(就職適性検査)対策コースも提供しており、就職活動に直結した学習が可能です。
  • AI・VR/AR技術:AIが個人の間違いのパターンを分析し、最適な復習問題を出題したり、VR/AR技術で抽象的な図形を立体的に体験したりするなど、最先端の教育技術の研究が進んでいます。

これらの戦略は、単独で使うよりも組み合わせることで、より大きな効果を発揮します。就労移行支援事業所では、専門のスタッフがあなたに最適な学習方法の組み合わせを一緒に考え、サポートします。

就労移行支援事業所ができること:学習から就職、定着まで

就労移行支援事業所は、単に数学を教える場所ではありません。一人ひとりの障害特性やキャリアプランに寄り添い、「働くために必要なスキル」を習得し、希望する仕事に就き、そこで長く活躍し続けることを目的とした総合的なサポートを提供します。

個別支援計画に基づくオーダーメイドの訓練

入所すると、まず専門の支援員が面談を行い、あなたの得意なこと、苦手なこと、興味、そして将来の希望などを丁寧にヒアリングします。このアセスメントに基づき、あなただけの「個別支援計画」を作成します。数学に関しても、「まずは計算の正確性を高めたい」「文章問題を解けるようになりたい」「SPI対策をしたい」といった具体的な目標を設定し、達成に向けたオーダーメイドの訓練プログラムを組みます。

職業訓練における技能習得や就職活動は競争ではないので、個人差があっても大丈夫です。他の人と比較しないで、自分のペースで進めていきましょう!

基礎学力と職業スキルを同時に高めるプログラム

多くの就労移行支援事業所では、基礎学力向上のためのプログラムが用意されています。特に、公文式学習を導入している事業所は全国にあり、その効果が注目されています。

  • 公文式学習の導入:『S&;Jパンドラ』『でらいとわーく』などの事業所では、勤務時間内(プログラムの一環)に公文式学習を取り入れています。スモールステップで進む教材は、達成感を得やすく、集中力や作業持続力を養うのに適しています。
  • 職業訓練との連携:学習した計算スキルや論理的思考を、プログラミング、Webデザイン、オフィスソフト(Excelなど)といった具体的な職業訓練に直接活かします。例えば、「Excelで売上データを集計・グラフ化する」といった実践的な課題を通して、「何のために学ぶのか」を常に意識できます。
  • ビジネスマナーやSST(ソーシャルスキルトレーニング):数学スキルだけでなく、挨拶、報告・連絡・相談、時間管理といった社会人としての基本も同時に学びます。公文式学習の導入事例では、学習を通して挨拶や他者への気遣い、感情のコントロールといった規律面も向上したと報告されています。

これらのプログラムは、数学スキルを単独の知識としてではなく、働く上で必要な様々なスキルと結びつけて習得することを目的としています。

職場実習と定着支援:実践の場で自信をつける

学習したスキルが実際の仕事で通用するのか、不安に思うのは当然です。就労移行支援では、協力企業での職場実習の機会を提供しています。実習を通して、自分のスキルレベルを確認したり、職場の雰囲気に慣れたり、企業に自分の特性や必要な配慮を伝えたりする練習ができます。

そして、最も重要なのが就職後の「定着支援」です。就職はゴールではなく、スタートです。就職後に生じた業務上の課題や人間関係の悩みについて、事業所の支援員が定期的に面談を行ったり、企業とご本人の間に入って調整したりすることで、安心して働き続けられるようサポートします。実際に、ある事業所の卒業生からは「会社に入って初めて、公文の学習で身につくもの(集中力や挨拶など)の大切さがわかりました」という声が寄せられています。

まとめ:数学への見方を変え、自分らしいキャリアを築こう

数学への苦手意識は、発達障害の特性と深く結びついていることが多く、決してあなたの努力不足が原因ではありません。重要なのは、その特性を理解し、自分に合った学習戦略を見つけることです。

悪いのは子どもではない。これをわたしなりに言い換えると、“障害のある方たちが就労できないのは、周りに問題や課題がある”となるでしょうか。

職場で求められるのは、多くの場合、高度な数学ではなく、論理的に考え、問題を解決するための「職業数学」のスキルです。視覚的なツールを使ったり、問題を小さく分解したり、テクノロジーを活用したりと、あなたに合った方法は必ず見つかります。

もし一人で悩んでいるなら、ぜひ就労移行支援事業所を頼ってください。私たちは、あなたの強みを見つけ、苦手な部分を補うための「足場」を一緒に組み立てるパートナーです。アセスメントから個別計画の作成、実践的な訓練、そして就職後の定着支援まで、一貫してあなたをサポートします。

数学への見方を変え、苦手意識を「キャリアを拓くためのスキル」に変える一歩を、私たちと一緒に踏み出してみませんか。

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