「会議で発言しようとすると、最初の言葉が出てこない」「電話応対が怖くて、仕事に集中できない」…大人になってから吃音(きつおん)の症状に気づいたり、急に悪化したりして、仕事や日常生活で悩んでいませんか?
吃音は、単に「話し方の癖」ではなく、コミュニケーションに大きな不安をもたらします。特に、これまで問題なかったのに急に症状が現れた場合、その原因や対処法がわからず、一人で抱え込んでしまう方も少なくありません。
この記事では、大人の吃音症の原因や症状、精神・発達障害との関連性を詳しく解説するとともに、仕事の悩みを解決するための具体的な対処法、そして「働きたい」という思いを力強くサポートする就労移行支援の活用法について、網羅的にご紹介します。あなたの不安を解消し、自分らしく働くための一歩を踏み出すためのヒントがここにあります。
吃音は、話そうとするときに言葉がスムーズに出てこない発話障害の一種です。本人の意思とは関係なく症状が現れるため、コミュニケーションに困難を感じることがあります。まずは、その基本的な症状と、大人の吃音の主な原因について理解を深めましょう。
吃音の症状は、大きく分けて以下の3種類があります。これらの症状は単独で現れることもあれば、複数が組み合わさって現れることもあります。
これらの中心的な症状に加えて、話すときに体を揺らしたり、顔をしかめたりする「随伴症状」が見られることもあります。
大人の吃音は、その発症経緯から主に「発達性吃音」と「獲得性吃音」の2つに分類されます。特に「急に発症した」と感じる場合は、獲得性吃音の可能性があります。
吃音のある人の約9割がこのタイプで、多くは言語能力が急速に発達する2〜4歳の幼児期に発症します。 原因は完全には解明されていませんが、遺伝的な体質要因が7〜8割を占めると考えられており、親の育て方や環境が直接の原因ではないことが分かっています。多くは成長とともに自然に治癒しますが、約1%の人は成人後も症状が残ります。子どもの頃は軽かった症状が、就職や環境の変化によるストレスで大人になってから目立つようになるケースも少なくありません。
これまで吃音の症状がなかった人が、青年期以降に何らかのきっかけで発症するタイプです。「急にどもるようになった」と感じる場合はこちらに該当します。獲得性吃音はさらに2つに分けられます。
自分の症状がどのタイプに当てはまるかを知ることは、適切な対処法や支援を見つけるための第一歩です。気になる症状があれば、自己判断せず、まずは精神科や心療内科、言語聴覚士などの専門家に相談することが重要です。
吃音の症状は、特にコミュニケーションが重視される職場環境において、さまざまな困難を引き起こす可能性があります。しかし、適切な対処法と周囲の理解があれば、その影響を大きく軽減することができます。
吃音のある人が仕事で困難を感じやすいのは、以下のような場面です。
仕事上の困難を乗り越えるためには、症状そのものをなくそうとするのではなく、「症状とどう付き合っていくか」という視点が重要です。以下に、有効なアプローチをいくつか紹介します。
最も効果的な対策の一つが、職場環境を調整することです。2024年4月の障害者差別解消法の改正により、民間事業者にも合理的配慮の提供が義務化されました。 これは、障害のある人が働きやすくなるよう、過度な負担にならない範囲で環境を調整することです。
まずは、信頼できる上司や同僚に自分の吃音について伝え、どのような場面で困るのか、どんな配慮があると助かるのかを具体的に相談してみましょう。
<合理的配慮の例>
・電話応対を免除してもらい、メールやチャットでの対応を主にする。
・会議では、事前に資料を共有してもらい、意見は後から文章で提出することを許可してもらう。
・急な指名を避け、発言のタイミングを自分で決められるようにしてもらう。
自分の症状を伝えることは勇気がいるかもしれませんが、「吃音を隠そうとするストレス」から解放され、かえって症状が軽くなることもあります。
「流暢に話すこと」ではなく「内容を正確に伝えること」に意識を向けることも大切です。ジェスチャーを交えたり、大切なことは後からメールで補足したりするなど、会話以外の方法も組み合わせることで、コミュニケーションの不安を軽減できます。
また、周囲の人には、「話を最後まで遮らずに聞いてもらう」「『落ち着いて』などの話し方に関するアドバイスは控えてもらう」といった具体的な接し方をお願いすることも有効です。
心理的な負担が大きい場合や、症状を少しでもコントロールしたい場合は、専門的なアプローチも有効です。
吃音による仕事の悩みを根本的に解決し、自分に合った職場で安定して働くためには、専門的なサポートを活用することが非常に有効です。その代表的なサービスが「就労移行支援」です。
就労移行支援とは、障害者総合支援法に基づき、障害や難病のある方が一般企業へ就職し、長く働き続けることを目指すための福祉サービスです。一言でいえば、「障害のある方のための、国が認めた就職準備スクール」のような場所です。
利用期間は原則2年間で、一人ひとりの状況に合わせて、就職準備から就職後の定着までをトータルでサポートします。主な支援は以下の4つのステップで進められます。
「吃音だけで就労移行支援の対象になるの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。結論から言うと、吃音が原因で働くことに困難を感じている方は、利用できる可能性が高いです。
就労移行支援の対象となるのは、以下の条件を満たす方です。
ここで最も重要なポイントは、必ずしも障害者手帳を持っている必要はないということです。発達性吃音は発達障害者支援法の対象に含まれており、医師の診断書や意見書、あるいは自立支援医療受給者証などがあれば、自治体の判断によってサービスの利用が認められるケースが多くあります。
また、吃音によるストレスが原因でうつ病や適応障害などの精神疾患を併発している場合、その診断によっても対象となります。「手帳がないから」と諦めずに、まずはお住まいの市区町村の障害福祉窓口や、気になる就労移行支援事業所に相談してみましょう。
就労移行支援を利用するまでの大まかな流れは以下の通りです。事業所スタッフが手続きをサポートしてくれる場合が多いので、ご安心ください。
就労移行支援事業所では、単に就職スキルを教えるだけでなく、吃音という特性を持つ方が安心して働き続けるための、きめ細やかなサポートを提供しています。
事業所によってプログラムは異なりますが、吃音のある方向けには以下のような支援が期待できます。
就労移行支援の最大の強みは、就職がゴールではなく、「長く働き続けること」を目標にしている点です。
支援員は、あなたの特性を理解した上で、最適な就職活動をサポートします。
無事に就職した後も、サポートは続きます。これは「就労定着支援」と呼ばれ、安定して働き続けるための重要な仕組みです。
就労移行支援などを利用して就職した方は、まず就職後6ヶ月間、それまで利用していた就労移行支援事業所などから職場定着のサポートを受けられます。その後、さらに支援が必要な場合は、「就労定着支援事業」という別の福祉サービスに切り替えることで、最長3年間、継続的なサポートを受けることが可能です。
支援員が定期的に職場を訪問したり、あなたと面談したりして、仕事の悩みや人間関係のトラブル、体調管理などについて相談に乗ります。企業とあなたの間に立って調整役を担ってくれるため、問題を一人で抱え込むことなく、安心して働き続けることができます。
吃音のある方の就労を支える制度は、就労移行支援だけではありません。自分の状況や目的に合わせて、様々なサービスを検討することが大切です。また、2025年には大きな制度変更も予定されています。
就労移行支援と合わせて、あるいはその前段階として利用できる支援機関には以下のようなものがあります。
2025年10月1日から、「就労選択支援」という新しい障害福祉サービスが始まります。これは、障害のある方が就労移行支援や就労継続支援(A型・B型)といった就労系サービスを利用する前に、自分に合った働き方や支援サービスを見極めるための制度です。
就労選択支援では、専門員によるアセスメント(評価)や、短期間の就労体験を通じて、本人の希望や能力、適性を客観的に把握します。その結果をもとに、「どのサービスが最適か」「どのような働き方が合っているか」を本人、支援員が一緒に考え、進路を決定します。
この制度の大きなポイントは、2025年10月以降に新たに就労系サービスを利用する場合、原則としてこの「就労選択支援」の利用が必須となる点です。 これにより、就労支援サービスとのミスマッチを防ぎ、一人ひとりがより納得感を持って自分に合った道を選べるようになることが期待されています。
つまり、これからの就労支援は「就労選択支援で自分を知る」→「就労移行支援で就職準備をする」という流れが一般的になります。
この記事では、大人になってから直面する吃音の悩み、特に仕事における困難と、それを乗り越えるための具体的な方法について解説してきました。最後に、重要なポイントを振り返ります。
吃音による悩みは、決して一人で抱え込む必要はありません。むしろ、専門的な知識を持つ支援者と共に課題に向き合うことで、自分では気づかなかった強みや可能性を発見し、自信を持って社会で活躍する道が開けます。
もしあなたが今、吃音で仕事に悩んでいるなら、まずは一歩踏み出して、お近くの就労移行支援事業所や自治体の窓口に相談してみてはいかがでしょうか。そこから、あなたらしい働き方を見つける新しい物語が始まるはずです。