就職はゴールではなく、自分らしいキャリアの始まり
「自分に合った仕事で、安心して長く働きたい」——これは、働く意欲のある多くの人が共通して抱く、切実な願いではないでしょうか。特に、精神障害や発達障害の特性を持つ方にとって、この「合う仕事」を見つけ、「働き続ける」ことは、時に大きな挑戦となります。
障害者雇用促進法の改正により、企業の法定雇用率は段階的に引き上げられ、障害のある方の雇用機会は確実に広がっています。しかし、その一方で、就職活動を乗り越えてようやく手にした職場で、環境や人間関係、業務内容とのミスマッチから心身のバランスを崩し、早期離職に至ってしまうケースは後を絶ちません。
これは決して個人の「我慢が足りない」「能力が低い」といった問題ではありません。むしろ、就職前の「準備」と就職後の「サポート」という、二つの重要なピースが噛み合っていない社会的な構造課題と捉えるべきです。適切な準備と、継続的なサポート体制があれば、多くのミスマッチは防ぐことができるのです。
本記事では、この課題を解決し、精神・発達障害のある方が自分らしいキャリアを築くための強力なサポーターである「就労移行支援」と「就労定着支援」という二つの公的サービスに焦点を当てます。これらのサービスは、障害者総合支援法に基づき、国が提供する信頼性の高い支援制度です。
この記事を読むことで、あなたは以下のことを理解できます:
- 就職準備から職場定着まで、切れ目のない支援を受けるための具体的なステップ。
- 「就労移行支援」を最大限に活用し、自分の特性を「弱み」ではなく「強み」に変える戦略。
- 「就労定着支援」を「お守り」として、就職後の不安や困難を乗り越えるための実践的なノウハウ。
- 2025年10月から新たに始まる「就労選択支援」が、あなたのキャリア選択にどのような影響を与えるかという最新情報。
就職はゴールではありません。それは、あなたが社会とつながり、自分らしく輝くための新たなスタートラインです。この記事が、そのスタートを確かなものにし、持続可能なキャリアを歩むための一助となることを心から願っています。
障害者就労支援サービスの全体像:自分は今、どのステージにいる?
障害のある方の「働きたい」という思いを支えるため、国が定める障害福祉サービスには、様々なメニューが用意されています。これらのサービスは、それぞれが独立して存在するのではなく、キャリアの「準備→就職→定着」という各段階に対応し、互いに連携するように設計されています。全体像を把握し、自分が今どのステージにいて、どの支援を必要としているのかを理解することが、効果的な支援活用への第一歩です。
厚生労働省は、これらの就労系障害福祉サービスを体系的に整理しており、利用者は自身の状況や目標に応じてサービスを選択できます。まずは、その全体像を地図のように俯瞰してみましょう。
就労系障害福祉サービスのマップ
就労支援サービスは、大きく5つのカテゴリーに分類できます。それぞれのサービスがキャリアのどの段階で機能するのか、その役割と関係性を理解することが重要です。
各種公開情報に基づき作成
- 就労選択支援(2025年10月〜):キャリアの羅針盤
これはキャリアの「入口」に位置づけられる新しいサービスです。本格的な就職活動や訓練を始める前に、「そもそも自分にはどんな働き方や支援が合っているのか?」を客観的に見極めるための「お試し・自己分析」期間と考えると分かりやすいでしょう。サービスのミスマッチを防ぐための重要な第一歩です。
- 就労移行支援:就職への滑走路
一般企業への就職を目指すための「準備期間」を支えるサービスです。多くの事業所が「就職準備」と称するように、ビジネスマナーやPCスキル、コミュニケーション能力の向上、自己理解の深化、就職活動の直接的なサポートまで、トータルで支援します。
- 就労継続支援(A型・B型):支援のある働く場
すぐに一般企業で働くことが難しい場合に利用できる「働く場」そのものです。
- A型(雇用型):事業所と雇用契約を結び、最低賃金以上の給与を得ながら働きます。比較的安定した就労が可能な方が対象です。
- B型(非雇用型):雇用契約は結ばず、自分の体調やペースに合わせて作業を行い、「工賃」を得ます。より柔軟な働き方を求める方が対象です。
これらのサービスは、将来的に一般就労を目指すためのステップとしても機能します。
- 就労定着支援:安定飛行のための伴走者
無事に就職した後、その「定着期間」を支えるサービスです。働き始めてから生じる様々な悩みや課題(人間関係、業務、体調管理など)を解決し、長く安心して働き続けるためのサポートを提供します。就職後7ヶ月目から最長3年間利用可能です。
まとめ
- サービスの連続性:これらの支援は「選択→準備→就労→定着」という一連の流れの中にあり、切れ目なくサポートを受けられるように設計されています。
- 自己決定の尊重:どのサービスを利用するかは、最終的に本人の希望と状況に基づいて決定されます。支援者はあくまでその決定をサポートする役割です。
- 現在地の確認:まずはこのマップを見て、「自分は今、就職の準備段階にいるのか?」「それとも、まずは自分に合う働き方を探す段階なのか?」といった現在地を確認することから始めましょう。
この全体像を頭に入れておくことで、次のステップで解説する「就労移行支援」や「就労定着支援」が、あなたのキャリアジャーニーにおいてどのような役割を果たすのか、より深く理解できるはずです。
【就職準備編】就労移行支援:精神・発達障害の特性を強みに変える活用戦略
一般企業への就職という目標に向けて、具体的な準備を進める段階で最も強力なパートナーとなるのが「就労移行支援」です。これは単なる職業訓練の場ではなく、特に精神・発達障害の特性を持つ方々が、自己理解を深め、必要なスキルを習得し、最終的に「自分に合った職場で長く働き続ける」ための土台を築く戦略的な拠点と言えます。
就労移行支援とは?
就労移行支援は、障害者総合支援法に基づく公的な福祉サービスです。その基本情報を正確に理解しておくことが、効果的な活用の第一歩となります。
- 目的:最大の目的は、単に内定を獲得することではありません。利用者一人ひとりが自分の能力や特性に合った仕事を見つけ、その職場で安定して長く働き続けられるように、必要なスキルアップや就職活動、そして就職後の初期定着までをトータルで提供することです。
- 対象者:原則として18歳以上65歳未満で、身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、または難病などがあり、一般企業への就職を希望している方です。重要な点として、必ずしも障害者手帳を持っている必要はありません。医師の診断書や意見書、あるいは自治体の判断によってサービスの必要性が認められれば利用可能です。
- 利用期間:原則として24ヶ月(2年間)です。この期間内に、自分のペースで就職準備を進めていきます。
- 利用料金:前年度の世帯所得に応じて自己負担額が決定されますが、厚生労働省のデータによれば、利用者の約9割が自己負担なし(無料)で利用しています。就職して収入を得る前の段階であるため、多くの方がこの対象となります。
精神・発達障害の特性に合わせたプログラム活用法
就労移行支援事業所では、多種多様なプログラムが提供されています。重要なのは、これらのプログラムを漫然と受けるのではなく、自身の特性を理解し、課題を克服するための戦略的なツールとして活用することです。
1. 自己理解を深める:自分の「取扱説明書」を作成する
精神・発達障害のある方が安定して働く上で、最も重要な基盤となるのが「自己理解」です。専門スタッフとの定期的な面談や、グループワーク、心理プログラムなどを通じて、以下のような点を客観的に言語化していきます。
- 得意なこと・苦手なこと:「集中力は高いが、マルチタスクは苦手」「データ入力は正確だが、電話応対はストレスが大きい」など。
- ストレスを感じる状況と対処法:「予期せぬ予定変更で混乱する→事前に知らせてもらう」「騒がしい場所では疲弊する→静かな休憩スペースを使わせてもらう」など。
- 必要な配慮事項:「指示は口頭ではなく、チャットやメールで具体的にしてほしい」「一度に多くの情報を伝えず、一つずつにしてほしい」など。
このプロセスを通じて作成される自分自身の「取扱説明書」は、後の就職活動で企業に自分の特性と必要な配を伝える(オープン就労の場合)際の強力な武器となり、入社後のミスマッチを防ぐための羅針盤となります。
2. 実践的なスキルを習得する:弱みをカバーし、強みを伸ばす
就労移行支援では、働く上で直接的に役立つスキルを体系的に学びます。
- ビジネススキル:多くの職場で必須となるPCスキル(Word, Excel, PowerPoint)、ビジネスマナー、報告書の書き方などを基礎から学びます。
- ソーシャルスキル:特に精神・発達障害のある方が困難を感じやすいコミュニケーションに特化した訓練が行われます。ロールプレイングなどを通じて、「報告・連絡・相談」の適切なタイミングと方法、相手に伝わりやすい頼み方・断り方、職場での雑談への参加の仕方などを実践的に練習します。
- セルフマネジメント:安定して働き続けるために不可欠な自己管理能力を高めます。体調の波を記録・管理する方法、ストレスを感じた時のセルフケア、怒りや不安のコントロール(アンガーマネジメント)、タスクの優先順位付けや時間管理のテクニックなどを習得します。
3. 職場体験(実習)でミスマッチを防ぐ:百聞は一見に如かず
プログラムで学んだ知識やスキルが、実際の職場で通用するのか。また、自分が興味を持っている仕事や業界が、本当に自分に合っているのか。これを確認する最も有効な手段が「職場体験(企業実習)」です。
多くの就労移行支援事業所は、様々な企業と連携しており、利用者は数日間から数週間の実習に参加できます。実習を通じて、以下のような貴重な経験が得られます。
- 相性の確認:実際の業務内容、職場の雰囲気、通勤の負担などを身をもって体験し、自分との相性を確認できます。
- 課題の発見:「思っていたより体力が持たない」「指示の理解に時間がかかる」など、訓練だけでは見えなかった新たな課題を発見し、事業所に戻って対策を練ることができます。
- 自信の獲得:実習先で「ありがとう」と感謝されたり、業務をやり遂げたりする経験は、働くことへの自信と意欲を大きく向上させます。
厚生労働省の事例集でも、企業アセスメントを伴う丁寧な実習が、高い定着率につながることが示されています。入社後の「こんなはずじゃなかった」というギャップを最小限に抑えるため、積極的に実習の機会を活用しましょう。
失敗しない!自分に合った就労移行支援事業所の選び方
就労移行支援の効果は、どの事業所を選ぶかによって大きく左右されます。全国に3,000以上の事業所が存在するため、以下のポイントを参考に、自分に最適な場所を慎重に選びましょう。
- 専門性の確認:精神・発達障害への支援実績が豊富か、専門知識を持つスタッフ(例:精神保健福祉士、臨床心理士、ジョブコーチ)が在籍しているかを確認します。特に発達障害の支援には、その特性への深い理解が不可欠です。
- プログラム内容の吟味:自分が学びたいスキル(例:IT、デザイン、経理)に特化したプログラムがあるか、自己理解を深めるための心理プログラムが充実しているかなど、カリキュラムを詳細に比較検討します。
- 実績の確認(「定着率」を重視):単なる「就職率」の高さだけでなく、就職後6ヶ月以上働き続けている人の割合を示す「定着率」を必ず確認しましょう。定着率が高い事業所は、採用時のマッチング精度が高く、就職後のフォローアップが手厚い傾向にあります。
- 環境と雰囲気:静かに集中できる個別ブースがあるか、事業所全体の雰囲気は自分に合っているか、スタッフや他の利用者と話しやすいかなど、物理的な環境と心理的な相性は非常に重要です。必ず複数の事業所を見学・体験利用し、「ここなら2年間通えそう」という直感を大切にしましょう。
- 柔軟な通所形態:体調に波がある方や、対人不安が強い方にとって、在宅訓練やオンラインでの相談支援に対応しているかは重要なポイントです。自分のペースで無理なく続けられる環境かを確認しましょう。
まとめ
- 就労移行支援は「就職予備校」。自分の特性を理解し、スキルを磨き、ミスマッチのない就職を実現するための戦略的拠点です。
- プログラムを「受ける」だけでなく、自分の「取扱説明書」を作る意識で「活用する」ことが成功の鍵です。
- 事業所選びは、就職活動の成否を左右する最も重要な選択です。「定着率」「専門性」「雰囲気」を軸に、必ず見学・体験をしてから決定しましょう。
【職場定着編】就労定着支援:働き始めた後の「困った」を解決するお守り
多くの努力の末に勝ち取った就職。しかし、本当の挑戦はそこから始まります。新しい環境、人間関係、業務への適応は、誰にとっても簡単なことではありません。特に精神・発達障害の特性を持つ方にとっては、予期せぬ困難が壁となって立ちはだかることもあります。そんな時に、一人で抱え込まずに済むように用意されているのが「就労定着支援」です。これは、働き始めた後の「困った」を解決し、安定した職業生活を続けるための、心強い「お守り」のような存在です。
就労定着支援とは?
就労定着支援もまた、障害者総合支援法に基づく公的な福祉サービスです。就労移行支援との違いを明確に理解しておくことが重要です。
- 目的:就職後の職場定着に特化したサービスです。雇用に伴って生じる日常生活や社会生活上の課題について、専門の支援員が本人と企業の間に立って調整や助言を行い、長く働き続けられる環境を整えることを目的とします。
- 対象者:就労移行支援、就労継続支援、生活介護、自立訓練といった障害福祉サービスを利用して一般就労した方が対象です。
- 利用期間:就職してから6ヶ月間は、それまで利用していた就労移行支援事業所などがフォローアップを行います。就労定着支援は、その後の就職後7ヶ月目から利用を開始でき、最長で3年間(就職後3年6ヶ月まで)サポートを受けることができます。利用は1年ごとに更新されます。
- 支援体制:支援員が月に1回以上、利用者との面談や職場訪問を行い、状況を把握し、必要な支援を提供します。
- 移行支援との違い:就労移行支援が「就職するまで」の準備をサポートするのに対し、就労定着支援は「就職した後」の安定をサポートする、という明確な役割分担があります。
データは、この支援の有効性を明確に示しています。障害を開示して就職する「オープン就労」で就労定着支援を受けた場合の1年後の職場定着率は9割近くに達するという調査結果もあり、支援の有無が定着に大きく影響することがわかります。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査研究等を参考に作成
こんな時に頼れる!具体的な支援内容と活用事例
では、具体的にどのような「困った」を解決してくれるのでしょうか。よくあるケースを3つ挙げ、支援の活用事例を見ていきましょう。
Case1:職場の人間関係で悩んでいる
悩み:「複数の上司から違う指示をされて混乱する」「雑談の輪に入れず孤立感を感じる」「上司に注意されると頭が真っ白になり、パニックになってしまう」
支援内容:支援員が「翻訳者」や「交渉代理人」のような役割を果たします。まず本人から丁寧に話を聞き、何に困っているのか、その背景にある特性は何かを整理します。その上で、本人・上司・支援員の三者面談を設定。支援員が間に入ることで、本人が直接は言いにくいことを代弁したり、企業側へ具体的な配慮を提案したりします。
解決事例:複数の先輩からの指示で混乱していたケースで、支援員が「指示は直属の上司1名からに統一する」「口頭だけでなく、チャットやメールで指示をテキスト化してもらう」というルールを提案。企業側も合理的配慮として受け入れ、指示の混乱によるミスが大幅に減少。本人は安心して業務に集中できるようになりました。
Case2:業務の進め方でつまずいている
悩み:「マルチタスクが苦手で、仕事の抜け漏れが多い」「どの仕事から手をつければいいか、優先順位がつけられない」「急な業務を頼まれると、パニックで固まってしまう」
支援内容:支援員が本人や上司と一緒に業務内容を棚卸しし、具体的な解決策を考えます。発達障害の特性に有効な「構造化」という手法を用いて、業務プロセスを改善する手伝いをします。
解決事例:業務の優先順位付けが苦手だったケースで、支援員が上司と連携し、「緊急度と重要度」のマトリクスを使ったタスク管理方法を導入。また、一日の始めに上司と短時間のミーティングを行い、その日のタスクと優先順位を確認する習慣をつけました。これにより、本人は見通しを持って業務に取り組めるようになり、生産性が向上しました。
Case3:生活リズムや体調管理がうまくいかない
悩み:「仕事の疲れが抜けず、朝起きるのが辛い。遅刻が増えてしまった」「定期的な通院と仕事の両立が難しい」「休日に何もできず、月曜日が憂鬱」
支援内容:就労定着支援は、仕事のことだけでなく、その土台となる生活面までサポートします。支援員は、医療機関とも連携し、本人の状態を多角的に把握します。
解決事例:疲労の蓄積で欠勤が増えがちだったケースで、支援員が本人と生活リズムを見直し、睡眠時間の確保や休日の過ごし方について助言。同時に、企業側には本人の状況を説明し、週に一度の時差出勤や、通院のための時間単位の休暇取得について相談し、理解を得ました。仕事と生活の両面からのアプローチにより、勤怠が安定し、本人は安心して治療と仕事を両立できるようになりました。
就労定着支援を上手に使うためのポイント
この強力なサポートを最大限に活かすためには、いくつかのコツがあります。
- 小さなことでも早めに相談する:「これくらいで相談していいのかな?」と遠慮する必要は全くありません。違和感や困りごとが小さいうちに支援員に連絡することが、問題が大きくなるのを防ぐ最も重要な鍵です。支援員はあなたの「味方」であり、定期的な連絡は歓迎されます。
- 企業側にもメリットを伝える意識を持つ:支援員の介入を「迷惑がかかる」と捉える必要はありません。企業にとって、支援員からの客観的なアドバイスは、「どうすれば本人の能力を最大限に引き出せるか」を知る貴重な機会です。結果として、職場全体の環境改善やマネジメントスキルの向上につながることも多く、企業側にも大きなメリットがあります。
- オープン就労の強みを最大限に活かす:障害を開示して就職する「オープン就労」は、就労定着支援という公的なサポートを堂々と利用できる最大のメリットがあります。採用面接の段階から「就職後は定着支援サービスを利用し、企業様と連携しながら長く貢献したい」と伝えることで、計画性や安定就労への意欲をアピールすることもできます。
まとめ
- 就労定着支援は、就職後の3年間、あなたに伴走してくれる専門のサポーターです。
- 人間関係、業務、体調管理など、働き始めてからの「困った」を一人で抱え込まず、専門家と一緒に解決できます。
- 「早めに相談する」こと、そして支援の利用は「企業にもメリットがある」と理解することが、上手な活用の秘訣です。
【最新情報】2025年10月開始「就労選択支援」とは?キャリアのミスマッチを防ぐ新制度
障害者就労支援の分野で、今最も注目されているのが、2022年の障害者総合支援法改正によって創設され、2025年10月1日から施行される新制度「就労選択支援」です。この制度は、これまでの就労支援の流れを大きく変える可能性を秘めており、これから就労を目指す方々にとって、自分のキャリアを考える上で非常に重要な意味を持ちます。
制度の目的:キャリアのミスマッチを防ぐ「お試し期間」
就労選択支援の最大の目的は、本人と支援サービスのミスマッチを防ぐことです。従来は、利用者が自分で就労移行支援や就労継続支援の事業所を探し、見学や体験を経て利用を決めていました。しかし、そのプロセスでは以下のような課題が指摘されていました。
- 自分の特性や能力を客観的に把握しないまま、イメージだけでサービスを選んでしまう。
- 本当は一般就労の可能性があるのに、安易に就労継続支援B型を選んでしまう(いわゆる「囲い込み」問題)。
- 利用を開始したものの、「合わない」と感じてすぐに辞めてしまう。
就労選択支援は、これらの課題を解決するため、本格的なサービス利用の前に「そもそも自分にはどんな働き方や支援が合っているのか?」を客観的に見極めるための、公的な「お試し・自己分析」の機会を提供するものです。
支援のプロセス:客観的な自己分析と多角的な視点
就労選択支援は、おおむね1ヶ月程度の短期間で、以下のプロセスを経て行われます。
厚生労働省「就労選択支援について」の資料を基に作成
- アセスメント(評価):
利用者は、就労選択支援事業所で、データ入力や軽作業といった短期間の生産活動や作業体験に参加します。専門の「就労選択支援員」は、その様子を観察したり、面談を行ったりすることを通じて、本人の就労に関する希望、職業適性、作業能力、集中力の持続、ストレス耐性などを客観的に評価(アセスメント)します。
- ケース会議(多機関連携):
アセスメントの結果を基に、利用者本人、就労選択支援員に加え、必要に応じて市区町村の担当者、相談支援専門員、ハローワーク、医療機関、特別支援学校の教員など、本人を支える様々な関係者が集まり、ケース会議を開きます。この多角的な視点での議論により、評価の客観性と中立性を担保し、本人にとって最適な進路は何かを共に検討します。
- 進路の提案と自己決定:
ケース会議での検討結果は「アセスメントシート」としてまとめられ、本人にフィードバックされます。そこには、客観的な評価に基づいた具体的な進路の選択肢が示されます。例えば、
- 「コミュニケーションスキル向上が課題なので、まずは就労移行支援で訓練を受けるのが望ましい」
- 「安定して長時間働く体力に課題があるため、まずは就労継続支援B型で自分のペースで働くことに慣れるのが良い」
- 「十分なスキルと意欲があるため、すぐに就職活動を開始し、就労定着支援の利用を視野に入れる」
といった形です。最終的にどの道を選ぶかは、この客観的な情報を基に、利用者本人が決定します。
私たちへの影響:キャリアをじっくり考える公的な機会
この新制度の導入は、これから就労を目指す私たちにどのような影響を与えるのでしょうか。
最も大きな変更点は、特定のサービスを利用する際に、就労選択支援の利用が原則として必須になることです。
| 対象サービス |
原則利用開始時期 |
概要 |
| 就労継続支援B型 |
2025年10月1日〜 |
新たにB型の利用を希望する場合、原則として事前に就労選択支援を受ける必要があります。 |
| 就労継続支援A型 |
2027年4月1日〜 |
B型から約1年半遅れて、A型の新規利用希望者も原則利用の対象となります。 |
| 就労移行支援 |
当面は任意 |
標準利用期間(2年)を超えて利用を希望する場合は、2027年4月以降、原則利用の対象となります。 |
これは一見、「手続きが増えて面倒」と感じるかもしれません。しかし、見方を変えれば、自分のキャリアについて、専門家や多様な関係者のサポートを受けながら、じっくりと考えるための公的な機会が与えられると捉えることができます。「急がば回れ」の言葉通り、この最初のステップを丁寧に行うことが、結果的に自分に合った道を見つけ、長く働き続けるための最も確実な近道になるのです。
まとめ
- 就労選択支援は、本格的な就労支援サービス利用前の「ミスマッチ」を防ぐための新制度です。
- 短期間の作業体験や多機関連携の会議を通じて、客観的な自己分析と最適な進路選択をサポートします。
- 2025年10月以降、特定のサービスを利用する際には原則必須となります。これを「自分のキャリアを考える貴重な機会」と捉え、積極的に活用しましょう。
まとめ:支援を使いこなし、自分らしい働き方を実現しよう
本記事では、精神・発達障害のある方が「自分らしく、長く働く」という目標を達成するために、公的な就労支援サービス、特に「就労移行支援」と「就労定着支援」をいかに戦略的に活用するかを解説してきました。
改めて、重要なポイントを振り返りましょう。
- 両輪の重要性:安定した職業生活は、「就職前の準備」と「就職後のサポート」の両輪が揃って初めて実現します。「就労移行支援」で万全の準備を行い、「就労定着支援」で就職後の生活を安定させる。この連続的なサポートの流れを意識することが不可欠です。
- 自己理解という土台:全ての支援の根幹にあるのは「自己理解」です。自分の特性、得意・不得意、必要な配慮を言語化し、「自分の取扱説明書」を持つことが、ミスマッチを防ぎ、自分の能力を最大限に発揮するための鍵となります。
- 支援は「使う」もの:これらのサービスは、ただ受け身で利用するものではありません。自分の目標達成のために、専門家というリソースを積極的に「使いこなす」という意識が重要です。遠慮せず、小さなことでも相談し、専門家をあなたのキャリア実現のパートナーにしましょう。
- 新制度への備え:2025年10月から始まる「就労選択支援」は、キャリアの最初のボタンを掛け違えないための重要な制度です。これを義務ではなく、自分を深く知るための貴重な機会と捉え、積極的に活用する準備をしておきましょう。
障害の特性は、決して「弱み」や「欠点」ではありません。適切な環境とサポートがあれば、それは「集中力の高さ」「独自の視点」「誠実さ」といった、仕事で活かせる「個性」や「強み」に変わり得ます。そして、その変革を後押ししてくれるのが、今回ご紹介した就労支援サービスなのです。
一人で悩む必要はありません。あなたの「働きたい」という思いを、社会全体で支える仕組みがすでに存在します。
次の一歩を踏み出すために、まずはあなたのお住まいの市区町村の障害福祉窓口や、地域にある相談支援事業所、あるいはインターネットで気になる就労移行支援事業所を探して、相談の電話を一本入れてみることから始めてみませんか。その小さな行動が、あなたらしいキャリアを築くための、大きな扉を開くことになるはずです。
この記事が、あなたが自分らしい働き方を見つけ、自信を持って社会で活躍するための一助となれば、これに勝る喜びはありません。