「また簡単なミスをしてしまった…」「タスクが多すぎて、何から手をつければいいか分からない」「会議の内容が頭に入ってこない」。仕事でこんな経験が続き、自分を責めていませんか?
重要な書類をどこかに置き忘れたり、締め切り直前になって焦ったり、集中しようとしてもすぐに他のことに気が散ってしまったり。こうした困難が重なると、「自分は仕事ができない人間なんだ」「どうして他の人のように普通にできないんだろう」と、自己嫌悪に陥ってしまうかもしれません。
しかし、もしあなたが抱えるこれらの困難が、あなたの能力や努力不足の問題ではないとしたらどうでしょうか。実は、それらはADHD(注意欠如・多動症)の「不注意優勢型」という、脳機能の特性に起因している可能性があるのです。
ADHDは神経発達症の一つであり、脳機能の違いから生じています。決して、親の育て方や本人の意志の弱さが原因ではありません。
この事実は、あなたを「自分はダメだ」という思い込みから解放する、最初の重要な一歩です。あなたの「働きづらさ」は、特性と環境のミスマッチによって生じているに過ぎません。そして、そのミスマッチを解消し、あなたの特性をむしろ「強み」として活かすための具体的な方法が存在します。
この記事は、まさにそのための羅針盤です。ADHD不注意優勢型の特性を科学的に理解し、その困難を乗り越えるための具体的な仕事術、そして「就労移行支援」という、あなたのキャリアを力強く後押しする公的なサポート制度を最大限に活用する方法を、網羅的に解説します。一人で悩み、暗闇の中を手探りで進む必要はもうありません。この記事を読み終える頃には、あなたは自分らしく、そして持続可能な働き方を見つけるための、明確な地図を手にしているはずです。
「働きづらさ」を解消する第一歩は、その原因を正しく理解することです。ADHD不注意優勢型がどのような特性を持ち、なぜそれが仕事の場面で「見えない壁」として立ちはだかるのかを、深く掘り下げていきましょう。
ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠如・多動症)は、不注意(集中力のコントロールが難しい)、多動性(落ち着きがない)、衝動性(考えずに行動してしまう)といった特性を主な特徴とする、生まれつきの神経発達症です。近年では、子どもだけでなく大人のADHDも広く認知されるようになりました。
ADHDの診断は、アメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』に基づいて行われます。主な条件として、「不注意」または「多動性・衝動性」の症状が12歳以前から存在し、家庭や学校、職場といった2つ以上の状況で、生活に支障をきたしていることが挙げられます。
ADHDは、その特性の現れ方によって、主に3つのタイプに分類されます。
本記事で焦点を当てる「不注意優勢型」は、じっと座っていることができるなど、外見上は問題が分かりにくいため、周囲から「怠けている」「やる気がない」「能力が低い」と誤解されやすいという、特有の困難を抱えています。この「見えにくさ」こそが、本人の苦しみを増幅させる大きな要因の一つなのです。
ADHD不注意優勢型の特性は、仕事の様々な場面で具体的な「困りごと」として現れます。これらは大きく「不注意・集中力の課題」と「実行機能の課題」に分けられます。
「不注意」とは、単に集中力がないということではありません。注意を適切にコントロールし、必要な情報に向け続けたり、不要な刺激を遮断したりすることが難しい状態を指します。
ADHDの特性の中でも、特に仕事への影響が大きいのが「実行機能」の弱さです。実行機能とは、目標達成のために思考や行動を管理・制御する、脳の前頭前野が担う高度な認知機能群のことです。具体的には、計画を立て、段取りを組み、優先順位をつけ、時間を管理し、行動を自己モニターする能力などが含まれます。ADHDの中核的な課題は実行機能にあると指摘されています。
ADHDの特性から生じるこれらの困難が、本人の努力や工夫だけでは解決されずに続くと、さらなる深刻な問題を引き起こすことがあります。これを「二次障害」と呼びます。
仕事でのミスや納期遅延が重なると、上司や同僚から「やる気がない」「だらしない」「能力が低い」といったネガティブな評価を受けやすくなります。特性への理解がない環境では、本人の頑張りは評価されず、失敗ばかりが目立ってしまいます。こうした経験が積み重なることで、成功体験を得られず、自信を喪失していきます。
その結果、「自分は何をやってもダメな人間だ」という強い自己否定感に苛まれるようになります。この自己肯定感の著しい低下は、仕事へのモチベーションを奪い、パフォーマンスをさらに低下させるという悪循環を生み出します。
このような慢性的なストレス状態は、精神的な健康を蝕み、うつ病や不安障害、適応障害といった二次的な精神疾患を併発するリスクを著しく高めます。ADHDでは「不注意優勢の状態」で不安やうつが多くなるという悪循環のパターンが指摘されています。仕事の困難が、単なる「働きづらさ」を超えて、人生そのものを脅かす深刻な問題に発展しかねないのです。
だからこそ、これらの問題を個人の責任として抱え込まず、早期に専門的なサポートに繋がることが極めて重要なのです。
ADHDの特性による困難を一人で乗り越えようとすることは、しばしば孤立と疲弊を招きます。しかし、幸いなことに、日本にはあなたの「働きたい」という気持ちを専門的な知識とプログラムで支え、伴走してくれる公的な福祉サービスが存在します。その最も代表的なものが「就労移行支援」です。
就労移行支援とは、「障害者総合支援法」という法律に基づいて提供される障害福祉サービスの一つです。一般企業への就職を目指す障害や疾患のある方々が、就職に必要な知識やスキルを身につけ、就職活動のサポートを受け、就職後も職場に定着できるよう支援を受けるための場所です。分かりやすく言えば、就職と職場定着に特化した「大人のための職業訓練校」のようなイメージです。
利用できるのは、原則として18歳以上65歳未満の方で、身体障害、知的障害、精神障害(うつ病、統合失調症など)、発達障害(ADHD、ASDなど)、あるいは難病があり、一般企業への就職を希望している方です。
ここで重要なのは、必ずしも障害者手帳を持っている必要はないという点です。医師による診断書や、「自立支援医療受給者証」など、自治体が就労移行支援の必要性を判断できる書類があれば、サービスを利用できる場合があります。手帳がないからと諦めず、まずはお住まいの市区町村の障害福祉窓口や、気になる事業所に相談してみることが大切です。
利用期間は、法律で原則2年間と定められています。この期間内に、自己理解、スキル習得、就職活動、そして職場定着までを目指します。ただし、個々の状況に応じて期間は異なり、早い方では半年以内に就職するケースもあります。
費用については、公的な福祉サービスであるため、費用の大部分は国と自治体が負担します。利用者の自己負担は原則1割ですが、前年度の世帯所得に応じて月ごとの負担上限額が設定されています。実際には、利用者の約9割は自己負担0円(無料)でサービスを利用しています。
経済的な不安を抱えている方でも、安心して利用できる制度設計になっている点は、大きなメリットと言えるでしょう。
障害のある方の「働く」を支えるサービスは、就労移行支援以外にもいくつか存在します。特に「就労継続支援A型」「就労継続支援B型」「就労定着支援」との違いを理解することは、自分に最適なサポートを選ぶ上で非常に重要です。
以下の表は、それぞれのサービスの特徴を比較したものです。
| サービス名 | 主な目的 | 対象者 | 特徴(雇用契約など) |
|---|---|---|---|
| 就労移行支援 | 一般企業への就職と職場定着 | 一般企業で働くことを目指す方 | ・雇用契約は結ばない(訓練の場) ・賃金は発生しない ・利用期間は原則2年 |
| 就労継続支援A型 | 支援を受けながら働く機会の提供 | 一般企業での就労は難しいが、雇用契約に基づき継続して働ける方 | ・雇用契約を結ぶ ・最低賃金以上の給与が支払われる ・福祉的サポートのある職場 |
| 就労継続支援B型 | 非雇用型で軽作業などを行う機会の提供 | 年齢や体力の面で、雇用契約を結んで働くことが困難な方 | ・雇用契約は結ばない ・作業に対する「工賃」が支払われる ・自分のペースで通所しやすい |
| 就労定着支援 | 就職後の職場定着をサポート | 就労移行支援などを利用して就職した方 | ・就職後6ヶ月から利用可能 ・最長3年間、職場での悩み相談や企業との調整を行う ・離職を防ぎ、長く働き続けるための支援 |
簡単に言えば、「一般企業で働けるようになりたい!」という目標があるなら、まず検討すべきは「就労移行支援」です。そこで訓練を積んだ結果、まだ一般企業は難しいと感じた場合に「就労継続支援A型」を検討したり、無事に就職できた後に「就労定着支援」でサポートを受けたりする、という流れが一般的です。
さらに、2025年10月1日から「就労選択支援」という新しいサービスが本格的にスタートします。これは、障害のある方が自分に合った働き方や支援サービスをミスマッチなく選ぶための、非常に重要な制度です。
これまで、「本当は一般就労できる力があるのに、B型事業所に長く留まってしまう」「自分の特性に合わない支援サービスを選んでしまい、長続きしない」といったミスマッチが課題とされていました。
就労選択支援は、こうした課題を解決するために導入されます。具体的には、就労移行支援や就労継続支援A型/B型といったサービスを新たに利用しようとする方は、原則として、まずこの就労選択支援を利用することになります。
このサービスでは、1ヶ月程度の短期間、実際の作業体験や専門スタッフによるアセスメント(評価)を通じて、本人の就労に関する能力、適性、そして希望を丁寧に把握します。その上で、本人、支援機関、医療機関などが連携し、「どのサービスが最も適しているか」を一緒に考えて、最適な進路を決定します。
ADHD不注意優勢型の方にとっては、「自分にはどんな仕事が向いているんだろう?」「どの支援サービスを使えばいいか分からない」という最初の大きな悩みに、専門家と一緒に向き合える絶好の機会となります。自分に最適なサポートの第一歩を踏み出すための、信頼できる羅針盤と言えるでしょう。
就労移行支援は、ただ通うだけではその価値を最大限に引き出せません。ADHD不注意優勢型の特性を持つあなたが、このサービスを「自分を変えるための戦略的ツール」として使いこなすための、具体的な活用法を3つのステップで徹底解説します。
就労移行支援の最初の、そして最も重要なステップは「自分を知る」ことです。長年抱えてきた「なぜかうまくいかない」という漠然とした悩みの正体を突き止め、客観的な視点で自分自身を理解し、その対処法を学ぶプロセスです。これは、いわば「自分の取扱説明書」を作成する作業と言えます。
多くの事業所では、入所後の初期段階で、専門の支援員との個別面談を重ねます。リライトキャンパスでは、自己理解を深めることに特に力を入れています。ここでは、過去の職歴や学生時代の経験を振り返り、「どんな時にうまくいったか」「どんな状況で困難を感じたか」「何がストレスの原因だったか」などを具体的に言語化していきます。さらに、日々のプログラム参加を通じて、自分の集中力が続く時間帯や、疲れやすいタイミングといった「心身の波」も客観的に把握していきます。
このプロセスを通じて、「自分はマルチタスクが苦手なんだ」「静かな環境でないと集中できない」「口頭での指示は忘れやすい」といった、漠然としていた苦手意識が、具体的な「特性」として明確になります。これは、自分を責めるのではなく、対策を立てるための第一歩です。
自己理解が深まったら、次はその「困りごと」にどう対処していくかを実践的に学びます。多くの事業所で、そのための専門的なプログラムが用意されています。
自己理解と対処法を学んだら、次は仕事で直接役立つ具体的なスキルを身につけるフェーズです。ADHD不注意優勢型の「弱み」をカバーしつつ、あなたの「強み」を最大限に活かすためのスキルを習得します。
現代の多くの職場で必須となるのがPCスキルです。就労移行支援事業所の多くは、PC訓練に力を入れています。文書作成(Word)、表計算(Excel)、プレゼンテーション資料作成(PowerPoint)といった基本的なOfficeソフトの操作から、関数やピボットテーブルといった一歩進んだ使い方まで、個人のレベルに合わせて学ぶことができます。タイピング練習を継続し、タッチタイピングを習得することも、事務作業の効率を格段に向上させます。
リライトキャンパスのようなIT・Web特化型の事業所では、プログラミング(HTML/CSS, JavaScriptなど)やWebデザイン、データ分析といった、より専門的なスキルを学ぶことも可能です。
ADHD不注意優勢型の最大の課題である「実行機能」を補うための具体的な仕事術を、訓練を通じて身体に覚えさせます。
自分の特性を理解し、スキルを身につけたら、いよいよ就職活動のステージです。就労移行支援では、やみくもに応募するのではなく、あなたの特性が「強み」として活かせる職場を戦略的に見つけ出すための、手厚いサポートが提供されます。
支援員は、あなたの自己分析の結果や訓練の様子を踏まえ、適職探しをサポートします。ADHDの特性は、見方を変えれば大きな強みになります。
就労移行支援では、こうした強みを活かせる具体的な職種(例:ITエンジニア、Webデザイナー、データ入力、品質管理、営業、企画職など)を提案してくれます。
就労移行支援の大きなメリットの一つが、企業と連携した「職場実習」の機会が豊富なことです。応募前に実際の職場で数日間〜数週間働くことで、求人票だけでは分からない仕事内容や職場の雰囲気、人間関係などを肌で感じることができます。
これにより、「思っていた仕事と違った」という入社後のミスマッチを大幅に減らすことができます。また、実習先で自分の働きぶりを評価され、それが自信につながったり、そのまま採用に結びついたりするケースも少なくありません。実習を通じて、静かなオフィスでの作業に自信を得たという事例もあります。
就職活動の最初の関門である書類選考。支援スタッフがマンツーマンで、あなたの魅力が伝わる応募書類の作成をサポートします。
面接は多くの人が緊張する場面ですが、十分な準備と練習で乗り越えることができます。就労移行支援では、本番さながらの模擬面接を繰り返し行います。
「あなたの強みと弱みは?」「なぜこの仕事をしたいのですか?」「障害について説明してください」といった頻出の質問に対して、自分の言葉で、かつポジティブに伝えられるように練習します。面接官役のスタッフから客観的なフィードバックをもらうことで、話し方や表情、姿勢なども改善できます。事業所によっては、本番の面接にスタッフが同行してくれる場合もあり、心強いサポートとなります。
理論だけでなく、実際に就労移行支援を活用して自分らしい働き方を見つけた方々の事例は、大きな勇気を与えてくれます。
課題:前職ではケアレスミスや物忘れが多く、自信を喪失。うつ症状も発症。
支援内容:就労移行支援で大人になってからADHDと診断されたことを受け入れ、自己理解を深める。PCスキル(特にExcel)と、ToDoリストやタイマーを使ったタスク管理術を徹底的に訓練。模擬就労で正確な作業を繰り返すことで自信を回復。
結果:障害者雇用枠で企業の事務補助として入社。訓練で身につけたタスク管理術を実践し、ミスが激減。「コツコツと仕事を積み重ねる」姿勢が評価され、正社員に登用された。「無理に周囲と馴染もうとせず、仕事で信頼を築けているのがうれしい」と語る。
課題:対人関係の苦手さから高校中退、引きこもりを経験。PCは好きだったが、就職活動に踏み出せなかった。
支援内容:IT特化型の就労移行支援を利用。コミュニケーション訓練(SST)で少しずつ人と話すことに慣れながら、得意なプログラミングスキルを集中して学習。「過集中」という特性が、複雑なコードの読解やバグ修正で強みとして開花。在宅勤務も可能なIT業界に目標を定める。
結果:企業実習での高い技術力が評価され、Web制作会社のプログラマーとして採用。現在は在宅ワークを中心に、自分のペースで集中できる環境で活躍している。「“普通の働き方”にこだわらなくていいと思えるようになった」と自己肯定感も向上。
課題:じっと座っている事務仕事が苦痛で、集中が続かず転職を繰り返す。「落ち着きがない」と注意されることが多かった。
支援内容:支援員との面談で、多動傾向を「弱み」ではなく「行動力」という「強み」と捉え直す。体を動かす仕事に適性があることを見出し、飲食店の職場実習に参加。常に動き回るオープンキッチンでの作業や接客に手応えを感じる。
結果:飲食チェーン店の店舗スタッフとして障害者雇用枠で就職。常に動きのある環境が特性にマッチし、高いパフォーマンスを発揮。「今まで“落ち着きがない”と言われていた自分が、“元気で明るい”と評価されるようになった」と、自分の特性をポジティブに受け入れられるようになった。
就労移行支援は、あなたのキャリアを左右する重要なパートナーです。しかし、事業所は全国に数多く存在し、その特色も様々です。自分に合わない場所を選んでしまうと、2年間という貴重な時間を無駄にしかねません。ここでは、あなたに最適な事業所を見つけるための、戦略的な選び方を解説します。
まず、就労移行支援事業所がどのようなタイプに分類されるかを知ることから始めましょう。大きく分けて、以下の4つのタイプがあります。
| タイプ | 特徴 | 向いている人 |
|---|---|---|
| ① IT・Web特化型 | プログラミング、Webデザイン、データサイエンスなど、専門的なITスキルの習得に特化。高収入やリモートワークを目指せる。 | ・手に職をつけたい人 ・論理的思考や深い集中が得意な人 ・明確にIT業界を目指している人 |
| ② 事務・オフィスワーク特化型 | PC基礎スキル(Word, Excel)、ビジネスマナー、簿記など、一般企業の事務職で求められるスキルの習得に重点を置く。 | ・安定した環境で働きたい人 ・コツコツとした定型作業が好きな人 ・幅広い企業で通用するスキルを身につけたい人 |
| ③ 総合・バランス型 | 特定の職種に限定せず、自己理解、コミュニケーション訓練、PC基礎、軽作業など多様なプログラムを提供。職場実習も豊富。 | ・まだやりたい仕事が決まっていない人 ・色々なことを試しながら適性を見つけたい人 ・個別カスタマイズされた支援を受けたい人 |
| ④ 障害別特化型 (例:発達障害コース) |
発達障害、精神障害など、特定の障害特性に合わせた専門的なプログラムと支援ノウハウを持つ。同じ特性を持つ仲間と繋がれる。 | ・自分の障害特性と深く向き合いたい人 ・専門的な配慮や支援を受けたい人 ・同じ悩みを持つ仲間がいる環境に安心感を覚える人 |
ADHD不注意優勢型の方の場合、特性をカバーするタスク管理術などを学べる「④障害別特化型」や、過集中を活かせる「①IT・Web特化型」、あるいは安定した働き方を目指す「②事務・オフィスワーク特化型」などが選択肢になるでしょう。まずは自分がどの方向性を目指したいかを考えることが重要です。
事業所のタイプを絞り込んだら、次は個別の事業所を比較検討します。その際に必ず確認すべき、5つの重要なポイントがあります。
最も客観的で重要な指標が「実績」です。事業所のウェブサイトなどで公開されているデータを確認しましょう。
ADHD不注意優勢型のあなたが抱える課題を解決し、目指すキャリアに必要なスキルを習得できるプログラムが用意されているかを確認します。「なんとなく良さそう」ではなく、「自分の課題解決に直結するか」という視点が重要です。
これから約2年間通うかもしれない場所です。データやプログラム内容だけでなく、その場所の「空気感」が自分に合うかどうかは非常に重要です。「安心して通えそうか」という直感も大切にしましょう。
就職活動において、「安定して通所できていること」自体が、企業から「継続して働ける」という評価に繋がります。そのため、無理なく通い続けられる立地であることは絶対条件です。
事業所がどれだけ多くの優良企業と繋がりを持っているかは、あなたの就職先の選択肢の広さに直結します。
情報収集だけでは分からないことがたくさんあります。最終的な判断を下す前に、必ず複数の事業所(最低でも2〜3ヶ所)の見学や体験利用に参加しましょう。
見学や体験利用は、ほとんどの事業所で無料で実施しています。気になる事業所のウェブサイトや電話で問い合わせて、予約を取りましょう。その際には、事前に質問したいことをリストアップしておくと、有意義な時間になります。
【見学・体験時に確認・質問すべきことリスト】
- ADHD(不注意優勢型)の利用者への具体的な支援事例や配慮はありますか?
- 1日の標準的なスケジュールを教えてください。
- プログラムは選択制ですか?個別訓練は可能ですか?
- スタッフの方の専門性(例:精神保健福祉士、キャリアコンサルタントなどの資格)について教えてください。
- 過去の就職先企業にはどのようなところがありますか?(特に自分の希望業種について)
- 職場定着支援はどのような形で行われますか?
- 事業所の雰囲気で、大切にしていることは何ですか?
複数の事業所を実際に自分の目で見て、肌で感じることで、「ここなら信頼して頑張れそうだ」という確信を持てる場所がきっと見つかるはずです。
内定はゴールではなく、新しいキャリアのスタートラインです。ADHD不注意優勢型の特性を持つ方が、就職後も安定して能力を発揮し、長く働き続けるためには、職場での日々の工夫と、利用できるサポート体制を最大限に活用することが不可欠です。就労移行支援の真価は、この「定着」のフェーズでこそ発揮されるとも言えます。
就労移行支援で学んだスキルや仕事術を、実際の職場で実践し、自分に合った形に最適化していくことが重要です。これは、自分自身で「働きやすい環境」を能動的に作り出していくプロセスです。
「合理的配慮」とは、障害のある人が他の人と同じように働けるよう、職場が提供するべき配慮や調整のことです。障害者差別解消法の改正により、2024年4月1日から、民間企業においても合理的配慮の提供が法的に義務化されました。これは、障害者雇用枠だけでなく、一般雇用で働く障害のある人も対象となります。
障害者雇用枠で就職した場合、就労移行支援で作成した「就労パスポート」などを基に、入社時から必要な配慮について企業と話し合うことができます。ADHD不注意優勢型の方が求めることができる合理的配慮の具体例には、以下のようなものがあります。
【ADHD不注意優勢型のための合理的配慮の具体例】
- 業務指示に関する配慮:
- 指示を一つずつ、具体的かつ明確に伝える。
- 口頭だけでなく、メールやチャット、指示書など文書で補足する。
- 業務の優先順位を明確に示してもらう。
- 業務内容・進め方に関する配慮:
- マルチタスクを避け、シングルタスク中心の業務分担にしてもらう。
- 業務手順をマニュアル化・図式化してもらう。
- 長時間の会議ではなく、要点をまとめた資料での情報共有を併用する。
- 労働時間・環境に関する配慮:
- 集中できる静かな作業環境(座席配置の工夫、パーテーション設置など)を確保する。
- 本人のペースでの短時間休憩を許可してもらう。
- 通院などに配慮したフレックスタイム制や時差出勤、在宅勤務の活用を認めてもらう。
- コミュニケーションに関する配慮:
- 定期的な1on1面談(週1回15分など)の機会を設け、進捗確認や困りごとの相談に乗ってもらう。
- フィードバックは、抽象的な叱責ではなく、具体的かつ建設的な言葉で伝えてもらう。
ここで大切なのは、配慮を一方的に「要求」するのではなく、「この配慮があれば、自分はこのような形で会社に貢献できます」というWin-Winの関係性を提示する姿勢です。自分の特性をオープンにし、建設的に解決策を話し合うことで、企業側もあなたを貴重な戦力として理解し、サポート体制を整えやすくなります。
就職後、一人で職場の課題に立ち向かう必要はありません。あなたの安定した就労を支えるための、公的なサポート制度が用意されています。
就労移行支援などを利用して就職した場合、就職してから6ヶ月が経過した時点から「就労定着支援」というサービスを利用できます。
これは、就職した企業で長く働き続けられるように、専門の支援員がサポートしてくれる制度です。利用期間は最長3年間。支援員が定期的にあなたと面談し、「仕事で困っていることはないか」「人間関係で悩んでいないか」「生活リズムは安定しているか」といった相談に乗ってくれます。また、必要に応じて企業側(上司や人事担当者)との間に入り、業務内容の調整や職場環境の改善について働きかけてくれることもあります。
「上司に直接言いにくい悩み」も、第三者である支援員を介すことで、スムーズに解決に導ける場合があります。精神障害のある方の離職率は、就職後1年以内が特に高いというデータもあるため、この定着支援は非常に重要なセーフティネットとなります。
ジョブコーチとは、障害のある方が職場にスムーズに適応できるよう、専門的な支援を行う専門家です。
この制度では、ジョブコーチが実際にあなたの職場を訪問し、以下のような支援を行います。
ジョブコーチが本人と企業の「橋渡し役」となることで、誤解やコミュニケーション不足から生じる問題を未然に防ぎ、双方が安心して働ける環境を構築することができます。この支援は、地域障害者職業センターなどを通じて利用することができます。
これまで、ADHD不注意優勢型の方が仕事で直面する困難、その背景にある脳機能の特性、そしてその困難を乗り越え、自分らしく輝くための具体的な道筋について詳しく解説してきました。
重要なポイントを改めて確認しましょう。あなたが感じてきた「働きづらさ」や「仕事ができない」という感覚は、決してあなたの能力や努力が足りないからではありません。それは、あなたの持つユニークな「脳の特性」と、画一的な「働き方」や「職場環境」との間に生じたミスマッチの結果に過ぎないのです。ADHDは「障害」ではなく「特性」であり、弱みを補い、強みを活かす戦略が重要です。
そして、その特性は、適切な環境とサポートさえあれば、「過集中」という驚異的な没入力、「発想力」という比類なき創造性、「行動力」という迅速な実行力といった、他にはない強力な「強み」に変わる可能性を秘めています。事実、適切な職場環境と理解があれば、発達障害のある方の1年後の職場定着率は71.5%と、他の精神障害の方(49.3%)よりも大幅に高いというデータが、その可能性を裏付けています。
本記事の内容を基に作成
その「適切な環境とサポート」を見つけ出すための、最も強力な伴走者が「就労移行支援」です。この公的なサービスは、あなたが自分自身を深く理解し(自己理解)、弱みをカバーするスキルを身につけ(スキルアップ)、強みを活かせる天職を見つけ出し(適職探し)、そして安心して働き続ける(職場定着)まで、一貫してあなたを支えるために存在します。
もう、「自分はダメだ」と一人で悩み、抱え込む必要はありません。あなたの周りには、あなたの可能性を信じ、共に歩んでくれる専門家たちが待っています。社会もまた、法定雇用率の引き上げや合理的配慮の義務化といった法整備を進め、多様な人材が活躍できる環境へと着実に変化しています。
この記事をここまで読み進めたあなたは、すでに解決に向けた大きな一歩を踏み出しています。次の一歩は、ほんの少しの勇気だけです。まずはお住まいの地域の市区町村の障害福祉窓口に電話してみる、あるいは、この記事で紹介したような就労移行支援事業所のウェブサイトを訪れ、無料の見学相談を申し込んでみることから始めてみませんか。
その小さな行動が、あなたが自分自身の「取扱説明書」を手にし、あなただけの輝けるキャリアを築くための、壮大な物語の始まりになるはずです。