「今の仕事、どうしてもうまくいかない」「職場の人間関係でいつもつまずいてしまう」「自分に合う仕事が何なのか、もうわからない」。精神障害や発達障害(特にASD:自閉スペクトラム症やADHD:注意欠如・多動症)の特性を持つ方の中には、こうした悩みを一人で抱え、自信を失いかけている方も少なくないかもしれません。
仕事が長続きしないのは、あなたの努力が足りないからではありません。多くの場合、ご自身の「特性」と「仕事内容・職場環境」との間にミスマッチが生じていることが原因です。そして、そのミスマッチを解消し、自分らしい働き方を見つけるための強力な味方となるのが、国が認めた公的な福祉サービス「就労移行支援」です。
この記事では、精神・発達障害のある方が直面しがちな就労の課題を深く掘り下げ、特に混同されやすいASDとADHDの特性の違いが、仕事の「得意・不得意」にどう影響するのかを徹底的に分析します。その上で、就労移行支援という制度をいかに戦略的に活用し、自らの特性を「弱み」ではなく「強み」として活かせるキャリアを築くか、その具体的な方法論を体系的に解説します。
記事は以下の構成で進みます。
近年、企業の障害者法定雇用率は段階的に引き上げられ、2026年7月には2.7%となる予定です。企業側の採用意欲が高まる一方で、採用のミスマッチは依然として大きな課題です。こうした背景から、2025年10月には、就労系サービスを利用する前に自己理解を深め、最適なサービスを選択するための新制度「就労選択支援」が開始されます。これは、就職活動の「前段階」である自己分析と適切な支援選びが、これまで以上に重要になることを示唆しています。
この記事が、あなたが自分自身を深く理解し、社会で輝くための「自分だけの取扱説明書」を手に入れるための一助となれば幸いです。
「就労移行支援」という言葉を初めて聞く方や、まだ詳しく知らない方のために、まずは制度の根幹をなす3つの基本ポイントを簡潔に解説します。ここは、複雑な制度の全体像を短時間で把握するための基礎知識パートです。
就労移行支援をひとことで表すなら、「障害のある方が一般企業へ就職するための、国が認めた就職準備スクール」です。単に仕事を紹介するだけでなく、働くために必要なスキルを身につけ、自分に合った仕事を見つけ、そして就職後も長く安定して働き続けられるように、一貫してサポートすることを目指します。
このサービスの目的は、大きく分けて2つあります。
法律(障害者総合支援法)に基づく公的な福祉サービスであるため、安心して利用できる点が大きな特徴です。
利用を検討する上で最も気になる「誰が、いつまで、いくらで使えるのか」という点を、以下の表にまとめました。特に重要なポイントは、「障害者手帳がなくても利用できる可能性がある」ことと、「約9割の方が無料で利用している」ことです。
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 対象者 | 原則として18歳以上65歳未満で、身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、または難病などがあり、一般企業への就職を希望している方。 ※障害者手帳の所持は必須ではありません。医師の診断書や意見書、あるいは自治体の判断によってサービスの必要性が認められれば利用可能です。 |
| 利用期間 | 原則として2年間(24ヶ月)です。この期間内に就職を目指します。ただし、自治体の審査により必要性が認められた場合、最大1年間の延長が可能なケースもあります。就職者の平均利用月数は約15.9ヶ月というデータもあります。 |
| 利用料金 | 前年の世帯所得に応じて自己負担額の上限が定められていますが、利用者の約9割は自己負担0円(無料)で利用しています。ここでいう「世帯」とは、18歳以上の場合は本人とその配偶者の所得を指し、親の収入は含まれません。そのため、本人に収入がなければ無料になるケースがほとんどです。 |
就労移行支援事業所に通うと、具体的にどのようなサポートを受けられるのでしょうか。支援は主に以下の4つのステップで、一人ひとりの状況に合わせて進められます。
このセクションでは、本記事の核心である「ASDとADHDの仕事における違い」を徹底的に掘り下げます。なぜなら、自分の特性を正しく理解することこそが、自分に合った仕事を見つけ、能力を最大限に発揮するための第一歩だからです。ここでは、アメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』などを参考に、両者の特性が実際の仕事の場面でどのように現れるのかを、「困りごと」と「強み」のセットで具体的に解説していきます。
ASDとADHDは、どちらも「発達障害」という大きな枠組みに含まれますが、その中核となる特性は異なります。ASDは主に「対人関係の質的な違い」と「限定された興味・こだわり」が特徴であり、ADHDは「不注意」と「多動性・衝動性」が主な特徴です。以下の表で、その違いを概観してみましょう。
| 特性の領域 | ASD(自閉スペクトラム症) | ADHD(注意欠如・多動症) |
|---|---|---|
| 社会性・コミュニケーション | 言葉の裏や場の空気を読むのが苦手。冗談や比喩が通じにくい。一方的な会話になりがち。 | おしゃべり好きで人との交流が得意な場合もあるが、相手の話を遮ったり、衝動的な発言で人間関係のトラブルになることがある。 |
| 行動・興味 | 特定の物事への強いこだわり。決まった手順やルールを好み、急な変更が苦手。 | 好奇心旺盛で新しいことに次々興味が移る。じっとしているのが苦手。思いつきで行動しやすい。 |
| 注意・集中 | 興味のあることには驚異的な集中力(過集中)を発揮するが、興味のないことには注意が向きにくい。 | 注意が散漫になりやすく、集中力が持続しにくい。ケアレスミスや忘れ物が多い。 |
| 感覚 | 音、光、匂い、触覚などに非常に敏感(感覚過敏)または鈍感(感覚鈍麻)な場合がある。 | 感覚過敏を持つ人もいるが、ASDほど中核的な特性とはされていない。 |
ASDの特性は、一見すると仕事上の弱点に見えがちですが、環境や業務内容がマッチすれば、他の人には真似のできない強力な「強み」に変わります。
ASDのある方が職場で直面しやすい「困りごと」には、以下のようなものがあります。
これらの「困りごと」は、視点を変えれば唯一無二の「強み」となります。
これらの仕事は、高い正確性、論理的思考力、そして一人で黙々と取り組める環境がパフォーマンス向上に直結するため、ASDの特性と非常に相性が良いと言えます。
ADHDの特性である「不注意」や「多動性・衝動性」も、仕事においては困難さの原因となる一方で、創造性や行動力の源泉にもなり得ます。
ADHDのある方が職場で経験しやすい「困りごと」は以下の通りです。
ADHDの特性もまた、ポジティブな側面を持っています。
これらの仕事は、ルーティンワークよりも変化やスピード感が求められ、新しいアイデアや行動力が価値を生むため、ADHDの特性を強みとして発揮しやすい環境です。
ASDとADHDの理解をさらに深めるために、「併存」と「性差」という2つの重要な視点についても触れておきます。
「自分はASDとADHD、どちらの特性も当てはまる気がする」と感じる方もいるかもしれません。実際、ASDとADHDの特性を併せ持つ(併存する)ケースは珍しくありません。ある研究報告では、発達障害のある成人のうち26.8%がASDとADHDを併存しているとされています。
併存する場合、「人と関わるのは苦手(ASD)だけど、おしゃべりは好き(ADHD)」「こだわりが強い(ASD)のに、飽きっぽい(ADHD)」といった、一見矛盾するような困りごとを抱えることがあります。これにより、自己理解がさらに複雑になり、周囲からも理解されにくくなる傾向があります。「自分はどちらか」と無理に決めつけず、両方の特性を持っている可能性を視野に入れ、専門機関に相談することが重要です。DSM-5では、この併存診断が公式に認められています。
発達障害の特性には性差があることも知られており、特に女性の場合は特性が目立ちにくく、見過ごされてきた歴史があります。大人になってから、仕事や家庭生活での困難をきっかけに初めて診断に至るケースが少なくありません。
もしあなたが女性で、長年にわたり原因不明の生きづらさを感じているなら、それは見過ごされてきた発達障害の特性が関係しているかもしれません。専門機関への相談は、その生きづらさの正体を解明する第一歩となります。
自分の特性を理解したら、次はその特性を「強み」として活かすための具体的な戦略を立てるフェーズです。ここでは、就労移行支援という強力なツールを、ASD・ADHDの特性に合わせていかに戦略的に使いこなすか、その実践的な方法を「事業所選び」「訓練の受け方」「就職活動」の3つのステップに分けて解説します。
就労移行支援事業所は全国に3,300箇所以上あり、その特色は様々です。自分に合わない場所を選んでしまうと、2年間という貴重な時間を無駄にしかねません。以下の3つの視点で、あなたの特性にマッチした事業所を慎重に見極めましょう。
事業所が提供する訓練プログラムが、あなたの課題解決に直結しているかを確認します。
あなたが安心して訓練に集中できる物理的・心理的な環境が整っているかは非常に重要です。
これらの点は、必ず**見学や体験利用**を通じて、自分の目で確かめることが不可欠です。
事業所の「出口」の実績も重要な判断基準です。
自分に合った事業所を見つけたら、次は2年間の訓練期間をいかに有効に使うかが鍵となります。ただ受け身でプログラムに参加するのではなく、自分の特性に合わせて主体的に取り組むことが成功への近道です。
就職活動は、自分の特性を企業に理解してもらい、長く働き続けられる環境を手に入れるための「交渉」の場です。特に、障害特性を開示して就職する「オープン就労」では、「合理的配慮」をいかに上手に伝えるかが成功の鍵を握ります。
オープン就労とは、自身の障害について企業に開示した上で就職することです。最大のメリットは、障害者雇用促進法に基づき、企業に対して「合理的配慮」を求める権利が発生することです。合理的配慮とは、障害のある人が他の従業員と平等に働けるように、企業が提供するべき「必要かつ適当な変更及び調整」のことです。これを活用することで、特性による困難を軽減し、能力を発揮しやすい環境で働くことが可能になります。
面接で障害特性について説明する際、単に弱みを伝えるだけでは、企業に不安を与えてしまいます。重要なのは、**「課題の自己分析」と「具体的な対策」をセットで伝える**ことです。これは、あなたが自分の特性を客観的に理解し、セルフマネジメント能力があることの証明になります。
NG例:「私は〇〇が苦手です」「〇〇ができません」
→ 課題を一方的に伝えるだけで、企業側はどう対応すれば良いか分からず、採用リスクが高いと判断してしまいます。
OK例:「私には〇〇という特性がありますが、△△という工夫・配慮によって、□□という形で貢献できます」
→「特性の自覚」「対策の実践」「貢献意欲」の3点セットで伝えることで、課題解決能力と前向きな姿勢をアピールできます。
以下に、ASD・ADHDそれぞれの具体的な伝え方の例を挙げます。
【ASDの伝え方 OK例】
「私には、一度に複数の指示を受けると混乱してしまう特性があります。しかし、就労移行支援の訓練を通じて、指示を一つずつ、チャットやメールなど文字でいただくことで、高い正確性で業務を遂行できることを確認しました。この強みを活かし、御社の〇〇業務における品質向上に貢献したいと考えております。」
【ADHDの伝え方 OK例】
「私には、ケアレスミスが出やすいという課題があります。この対策として、就労移行支援では、タスクをチェックリスト化し、完了時に指差し確認するというセルフマネジメント術を習得しました。また、新しいアイデアを出すことや、フットワーク軽く行動することは得意としておりますので、御社の〇〇部門でその強みを発揮したいです。」
面接や入社時に、どのような配慮を求めれば良いか分からないという方も多いでしょう。以下に、ASD・ADHDの特性に応じた合理的配慮の具体例を挙げます。就労移行支援で作成した「自分の取扱説明書」を基に、自分に必要なものを選択し、企業に伝えましょう。
| 配慮のカテゴリ | ASDの方向けの配慮例 | ADHDの方向けの配慮例 |
|---|---|---|
| 指示・コミュニケーション | ・指示は口頭だけでなく、メールやチャットなど文字で補足してもらう ・「あれ」「それ」といった曖昧な表現を避け、具体的に指示してもらう ・業務マニュアルを作成・整備してもらう |
・一度に複数の指示ではなく、タスクを一つずつ切り出して依頼してもらう ・業務の優先順位を一緒に確認してもらう ・定期的に短いミーティングで進捗を確認してもらう |
| 作業環境 | ・パーテーションのある静かな座席を確保してもらう ・電話の音が少ない席に配置してもらう ・照明の調整や、サングラス・ブルーライトカット眼鏡の使用を許可してもらう |
・作業に集中するためのノイズキャンセリングイヤホンの使用を許可してもらう ・短時間の離席や休憩を柔軟に認めてもらう ・視覚的に刺激の少ない、整理された作業スペースを確保してもらう |
| 業務内容・進め方 | ・業務の範囲、役割、手順を明確にしてもらう ・急な業務内容の変更は、可能な限り事前に伝えてもらう ・マルチタスクを避け、シングルタスク中心の業務にしてもらう |
・タスクの締め切りを細かく設定してもらう ・単純作業が長時間続かないよう、業務内容に変化を持たせてもらう ・ダブルチェックの体制を組んでもらう |
| 勤務条件 | ・人混みを避けるための時差出勤を認めてもらう ・在宅勤務やテレワークを許可してもらう |
・通院のための休暇取得に配慮してもらう ・フレックスタイム制度の活用を認めてもらう |
「就労移行支援に興味が出てきたけれど、手続きが難しそう…」と感じるかもしれません。このセクションでは、実際にサービスを利用したいと考えた方が、具体的な次のアクションを起こせるように、手続きの全体像をステップ・バイ・ステップで分かりやすく解説します。一人で進めるのが不安でも、各ステップで相談できる窓口があるのでご安心ください。
就労移行支援の利用開始までには、おおむね以下の6つのステップを踏みます。申請から利用開始までは1ヶ月〜2ヶ月程度かかることが多いため、早めに動き出すのがおすすめです。
この質問は、非常によく聞かれる重要なポイントです。結論から言うと、障害者手帳を持っていなくても、就労移行支援を申請・利用することは可能です。
法律上、就労移行支援の対象者は「障害者」とされていますが、この「障害者」の定義には、手帳の有無は必須条件とされていません。手帳がない場合は、**医師による「診断書」や「意見書」**を提出し、自治体が「専門的な支援が必要な状態である」と判断すれば、サービスの利用が認められます。
特に、うつ病などの精神疾患や、診断は受けているものの手帳の取得には至っていない発達障害の方などが、この方法で利用しているケースは数多くあります。「手帳がないから」と諦める前に、まずはかかりつけの医師や市区町村の窓口に相談してみることが大切です。
医師に診断書を依頼する際は、ただ診断名が書いてあるだけでは不十分な場合があります。申請の目的が「就労移行支援の利用」であることを明確に伝え、以下の4つの要素を記載してもらうよう、メモを渡すなどして具体的にお願いしましょう。
(参考:e-fukushi.jp)
この「就労面での困難さ」と「支援の必要性」の一文があるかないかで、自治体の判断が大きく変わる可能性があります。
最後に、これから就労移行支援の利用を考える上で知っておくべき新制度「就労選択支援」について解説します。これは、2022年に改正された障害者総合支援法に基づき、2025年10月1日から開始される新しいサービスです。
この制度の目的は、就労移行支援や就労継続支援(A型・B型)といった本格的な福祉サービスを利用する**「前」**に、本人の希望や適性、能力を客観的に評価(アセスメント)し、最適なサービスへのミスマッチを防ぐことにあります。
具体的には、以下のような流れになります。
つまり、今後は「とりあえず就労移行支援へ」と進むのではなく、その前に「就労選択支援」というワンクッションを挟み、より客観的な視点で自分に合った進路を考えるプロセスが標準となります。これは、これまで以上に**「自分自身を深く理解すること」**の重要性が増すことを意味しています。
就労選択支援のプロセスは、利用者本人だけでなく、ハローワークや医療機関、相談支援専門員など、様々な関係者が連携する「多機関連携会議」を経て、アセスメント結果がまとめられます。この客観的な評価シートは、その後の就労移行支援事業所での「個別支援計画」作成や、市区町村の「支給決定」においても重要な参考資料として活用されます。
この新制度の導入は、障害のある方一人ひとりが、より納得感を持って自分のキャリアを選択できる社会に向けた大きな一歩と言えるでしょう。
この記事では、精神・発達障害(ASD・ADHD)のある方が、自分らしい働き方を見つけるための道筋として、「就労移行支援」の活用法を多角的に解説してきました。最後に、重要なポイントを改めて振り返ります。
「仕事がうまくいかない」という悩みは、決してあなた一人の問題ではありません。それは、社会の中にまだ、あなたの素晴らしい個性を活かす場所や方法が十分に知られていない、というサインなのかもしれません。就労移行支援の利用は、特別なことではなく、自分らしいキャリアを築くための「戦略的な選択」です。
もし今、あなたが一人で悩み、先の見えない不安の中にいるのなら、どうかその一歩を踏み出してみてください。「ちょっと話を聞いてみたいんですけど…」と、お住まいの市区町村の障害福祉窓口や、気になる就労移行支援事業所に電話をかけてみる。その小さなアクションが、あなたの新しい未来を切り拓く、大きなきっかけになるはずです。
免責事項
この記事に掲載されている情報は、2025年11月19日時点の参考資料に基づいています。制度やサービス内容、各種データは変更される可能性があります。最新の情報や詳細な条件については、お住まいの市区町村の障害福祉担当窓口や各事業所に直接ご確認ください。