精神障害や発達障害と共に生きる中で、「自分のペースで社会と関わりたい」「経済的に自立したい」と願い、働くことを考える方は少なくありません。しかし、その一歩を踏み出そうとするとき、多くの不安が心の壁となって立ちはだかります。
「自分に合った仕事なんて見つかるのだろうか?」
「職場の人間関係に馴染めるか心配…」
「体調を崩さずに働き続けられるだろうか?」
「治療を続けながらだと、医療費や生活費が不安…」
もしあなたが今、このような悩みを抱えているのなら、決して一人ではありません。その不安は、あなた自身の能力や意欲の問題ではなく、社会で働くための準備や環境がまだ整っていないことの現れかもしれません。そして、その「準備」と「環境」を整えるために、国が用意した強力なサポート制度があることをご存知でしょうか。
それが、本記事で詳しく解説する「就労移行支援」と「自立支援医療(精神通院)」という2つの公的制度です。これらは、いわば障害のある方の「働きたい」という想いを実現するための車の両輪。片方だけでも力になりますが、両方を賢く「セットで」活用することで、相乗効果が生まれ、より安心して就職への道を歩み始めることができます。
この記事では、以下のことを明らかにしていきます。
この記事を最後まで読めば、漠然とした不安が具体的な行動計画に変わり、自分に合った働き方を見つけるための確かな道筋が見えてくるはずです。さあ、一緒に未来への扉を開くための知識を学び、次の一歩を踏み出しましょう。
就職活動を始めるにあたり、最初のステップは「働くための準備」を万全にすることです。精神・発達障害のある方が安心して社会で活躍するためには、専門的なサポートを受けながら、自分自身の特性を理解し、必要なスキルを身につける期間が非常に重要になります。そのための最適な場所が「就労移行支援」です。
「就労移行支援」と聞くと、少し堅苦しく感じるかもしれません。しかし、その実態は非常に分かりやすく、「障害のある方が一般企業へ就職するための、国が認めた就職準備スクール」と表現するのが最も的確です。
このサービスは、障害者総合支援法という法律に基づいた公的な福祉サービスであり、単に仕事を紹介する場所ではありません。利用者一人ひとりが自分の能力や特性に合った仕事を見つけ、その職場で「長く安定して働き続けること」を最終的なゴールとしています。そのために、職業訓練から就職活動のサポート、さらには就職後の定着支援まで、一貫した手厚いサポートが提供されるのです。
働くことにブランクがある方、社会に出るのが初めての方、自分の強みや適性が分からず悩んでいる方でも、自分のペースで安心して就職準備を進められる場所、それが就労移行支援事業所です。
この心強いサービスを利用するためには、いくつかの条件があります。ここでは、誰が、どのくらいの期間、どれくらいの費用で利用できるのかを具体的に見ていきましょう。
就労移行支援の対象となるのは、原則として以下の条件を満たす方です。
ここで最も重要なポイントが一つあります。それは、必ずしも障害者手帳を持っている必要はないということです。手帳がなくても、医師の診断書や意見書、あるいは自立支援医療受給者証などがあり、自治体がサービスの必要性を認めれば利用することが可能です。「手帳がないから自分は対象外だ」と諦める前に、まずはお住まいの市区町村の障害福祉窓口に相談してみることが大切です。
また、特定の条件下では、現在企業に在籍し休職中の方(リワーク目的)や、卒業年度の大学・専門学校生なども利用できる場合があります。
利用できる期間は、原則として2年間(24ヶ月)と定められています。これは、この期間内に必要なスキルを習得し、自己理解を深め、就職を実現するという目標に基づいています。ただし、自治体の審査により、特に必要性が高いと判断された場合には、最大で1年間(12ヶ月)の延長が認められることもあります。
就労移行支援は公的な福祉サービスであるため、利用料金の自己負担額は非常に低く抑えられています。前年の世帯所得に応じて月々の負担上限額が定められており、その上限額を超える費用はかかりません。
厚生労働省のデータに基づくと、利用者の約9割が自己負担0円(無料)でサービスを利用しています。具体的な所得区分と負担上限月額は以下の通りです。
| 世帯の収入状況 | 負担上限月額 | 対象者の目安 |
|---|---|---|
| 生活保護受給世帯 | 0円 | 生活保護を受給している世帯 |
| 市町村民税非課税世帯 | 0円 | 世帯全員の市町村民税が非課税の世帯(例:年収約300万円以下の世帯など) |
| 市町村民税課税世帯(所得割16万円未満) | 9,300円 | 前年の世帯収入が概ね600万円以下の世帯 |
| 上記以外 | 37,200円 | 前年の世帯収入が概ね600万円を超える世帯 |
(注)「世帯」の範囲は、18歳以上の障害者の場合、本人とその配偶者です。親や兄弟姉妹の収入は、同居していても含まれません。
では、実際に就労移行支援事業所に通うと、どのようなサポートを受けられるのでしょうか。サービス内容は事業所によって特色がありますが、一般的には以下の4つのステップで進められます。
サービスの第一歩は、支援員との個別面談から始まります。これまでの経験、得意なこと、苦手なこと、体調の波、将来の希望などをじっくりとヒアリング。その内容を基に、「どのような仕事が向いているか」「どんなスキルを身につけるべきか」「いつまでに就職するか」といった目標を一緒に考え、「個別支援計画」を作成します。このプロセスを通じて、自分一人では気づかなかった強みや、配慮してもらうべき点を客観的に整理することができます。
個別支援計画に沿って、就職に必要なスキルを身につけるための職業訓練を受けます。プログラムは多岐にわたりますが、多くの事業所で提供されている代表的な訓練は以下の通りです。
訓練を通じてスキルと自信が身についてきたら、いよいよ就職活動のフェーズです。ここでも、一人で進めるのではなく、専門スタッフによる手厚いサポートが受けられます。
就労移行支援のゴールは「就職すること」ではありません。「就職した職場で、長く安定して働き続けること」です。そのため、無事に就職が決まった後もサポートは続きます。これを「定着支援」と呼びます。
就職後、原則として6ヶ月間、支援員が定期的にあなたと連絡を取ったり、あなたの許可を得た上で職場を訪問したりします。仕事上の悩みや人間関係の不安について相談に乗ったり、上司にあなたの特性や必要な配慮を説明したりと、あなたと職場との「橋渡し役」となって、働きやすい環境を一緒に作ってくれる、非常に心強いサポートです。
障害のある方向けの就労系福祉サービスには、「就労移行支援」のほかに、よく似た名前の「就労継続支援」があります。これらは目的や対象者が大きく異なるため、違いを正しく理解しておくことが、自分に合ったサービスを選ぶ上で非常に重要です。
| サービス種別 | 就労移行支援 | 就労継続支援A型 | 就労継続支援B型 |
|---|---|---|---|
| 目的 | 一般企業への就職を目指すための訓練・準備 | 事業所と雇用契約を結び、働きながら支援を受ける | 雇用契約は結ばず、軽作業などを通じて働くことに慣れる |
| 対象者(例) | 一般企業で働きたいが、スキルや準備に不安がある方 | 一般企業での就労は難しいが、雇用契約のもとで安定して働きたい方 | 自分のペースで働き始めたい方、日中の活動の場が欲しい方 |
| 雇用契約 | なし | あり | なし |
| 給料/工賃 | 原則なし(訓練のため) | 給料(最低賃金以上が保証) | 工賃(作業の対価。最低賃金を下回ることが多い) |
| 利用期間 | 原則2年間 | 制限なし | 制限なし |
簡単に言えば、「就労移行支援」はゴールが一般就職であるのに対し、「就労継続支援」は福祉的なサポートのある環境で働くこと自体が目的となります。どちらが良い・悪いではなく、ご自身の現在の体調や目標に合わせて選択することが大切です。
就労準備を進める上で、心身のコンディションを安定させることは不可欠です。そのためには、専門医による継続的な治療やカウンセリングが大きな支えとなります。しかし、定期的な通院は医療費の負担という現実的な問題も伴います。その経済的な不安を大幅に軽減してくれるのが「自立支援医療(精神通院医療)」制度です。
自立支援医療(精神通院医療)とは、うつ病や統合失調症、発達障害などの精神疾患の治療のために、継続的に通院が必要な方の医療費の自己負担を軽減するための公的な医療費助成制度です。
この制度を利用することで、経済的な心配を減らし、安心して治療に専念することができます。これは、就労を目指す上での安定した土台作りにおいて、非常に重要な役割を果たします。
この制度のメリットは、大きく分けて2つあります。非常にシンプルかつ強力な内容です。
この制度は、幅広い方が利用できるよう設計されています。
何らかの精神疾患により、継続的な通院による治療を必要とする方であれば、年齢に関係なく対象となります。就労移行支援と同様に、障害者手帳の有無は問いません。
統合失調症、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、てんかん、不安障害(パニック障害、社交不安障害など)、強迫性障害、発達障害(ASD, ADHDなど)、依存症、認知症など、ほとんどの精神疾患が対象となります。ご自身の疾患が対象になるか不明な場合は、主治医や市区町村の窓口にご確認ください。
制度の対象となるのは、指定された医療機関・薬局・訪問看護ステーションで受ける、精神疾患の治療に関連した以下の医療です。
入院医療費は対象外ですが、通院に関連するほとんどの費用がカバーされるため、経済的な安心感は大きく向上します。
月々の自己負担上限額は、受給者と同じ医療保険に加入している「世帯」の市町村民税の課税状況によって決まります。具体的な区分と上限額は以下の表の通りです。
| 所得区分 | 世帯の収入状況の目安 | 月額上限額 |
|---|---|---|
| 生活保護 | 生活保護受給世帯 | 0円 |
| 低所得1 | 市町村民税非課税世帯で、本人の年収が80万円以下 | 2,500円 |
| 低所得2 | 市町村民税非課税世帯で、本人の年収が80万円超 | 5,000円 |
| 中間所得1 | 市町村民税課税世帯(所得割が3万3千円未満) | 5,000円(※1) |
| 中間所得2 | 市町村民税課税世帯(所得割が3万3千円以上23万5千円未満) | 10,000円(※1) |
| 一定所得以上 | 市町村民税課税世帯(所得割が23万5千円以上) | 20,000円(※1, ※2) |
(注)「世帯」とは、同じ医療保険に加入している家族を指します。例えば、親の扶養に入っている場合は親の所得も含まれますが、ご自身で国民健康保険や会社の健康保険に加入している場合は、ご自身の所得(配偶者がいれば配偶者も含む)のみで判断されます。
(※1)「重度かつ継続」に該当しない場合、中間所得1・2は制度対象外となる場合がありますが、精神疾患の多くは「重度かつ継続」に該当します。
(※2)一定所得以上の区分は、経過的特例措置です(2027年3月31日まで)。
上記の表にある「重度かつ継続」とは、症状が重いか、治療が長期にわたるため医療費の負担が高額になりやすい方を対象とした区分です。具体的には、以下のいずれかに該当する方です。
精神科に通院されている方の多くがこの区分に該当するため、中間所得層以上の方でも上限額が設定されるケースがほとんどです。詳しくは主治医にご確認ください。
制度を利用するためには、お住まいの自治体への申請が必要です。手続きはそれほど複雑ではありません。
有効期間は1年間で、継続して利用する場合は毎年更新手続きが必要です。ただし、治療方針に変更がなければ、診断書の提出は2年に1回で済む場合が多いです。更新は有効期間満了の3ヶ月前から可能ですので、忘れずに手続きを行いましょう。
ここまで、「就労移行支援」と「自立支援医療」という2つの制度をそれぞれ個別に解説してきました。しかし、本記事で最もお伝えしたいのは、これらを別々の制度としてではなく、連携させた「合わせ技」として活用することの重要性です。この章では、なぜセットで使うと良いのか、そして具体的にどのように進めていけばよいのか、実践的なロードマップを提示します。
理由はシンプルです。それは、「経済的な安心(自立支援医療)」が「安定した就労準備(就労移行支援)」の確固たる土台になるからです。
就労移行支援を利用して就職準備に専念する期間は、原則として給与収入がありません。その中で、体調を維持・向上させるための定期的な通院は必須です。もしここで医療費の心配が頭をよぎれば、「早く就職しないと…」という焦りが生まれ、体調管理がおろそかになったり、自分に合わない職場を焦って選んでしまったりするリスクが高まります。
しかし、自立支援医療を併用することで、通院費の負担は大幅に軽減されます。医療費の心配から解放されることで、心に余裕が生まれます。この心理的な余裕こそが、焦らずに自分のペースで体調を整え、じっくりと自己分析やスキルアップに取り組み、本当に自分に合った仕事を見つけるための原動力となるのです。
自立支援医療(経済的安定) → 心の余裕・安定した通院 → 就労移行支援(安定した就労準備) → 自分に合った職場への就職・定着
この好循環を生み出すことこそ、「合わせ技」が最強である所以です。
では、実際に2つの制度を組み合わせて利用する場合、どのような順番で、何をすればよいのでしょうか。具体的なアクションプランを4つのステップで見ていきましょう。
すべての始まりは、あなたの主治医への相談です。「将来的に働きたいと考えている」という意思を明確に伝え、そのために就労移行支援の利用を検討していることを相談しましょう。主治医はあなたの病状や体調を最もよく理解しており、就労に向けた医学的なアドバイスをくれます。同時に、「自立支援医療の申請をしたいので、診断書をお願いします」と依頼します。このワンアクションで、2つの制度活用の準備が同時にスタートします。
診断書を受け取ったら、まず自立支援医療の申請を市区町村の窓口で行いましょう。申請から受給者証が交付されるまでには1〜2ヶ月かかるため、早めに手続きを済ませておくことが肝心です。これを先に行うことで、次のステップである就労移行支援事業所を探している期間の通院費も1割負担の対象となり、安心して活動に専念できます。
自立支援医療の申請と並行して、就労移行支援事業所探しを始めます。インターネットで「〇〇市 就労移行支援 精神障害」などと検索し、気になる事業所をいくつかリストアップしましょう。そして、必ず複数の事業所に見学や体験利用を申し込みましょう。事業所ごとに雰囲気やプログラム内容、得意な分野(例:ITスキル特化、事務職に強いなど)が異なります。実際に足を運び、支援員と話したり、プログラムを体験したりすることで、「ここなら安心して通えそうだ」と思える場所をじっくりと選ぶことが、就職成功の鍵となります。
「ここだ!」と思える事業所が見つかったら、その事業所と利用の意思を確認した上で、再度お住まいの市区町村の窓口へ行き、今度は就労移行支援の利用申請を行います。この際にも、サービスの必要性を判断するために医師の意見書などが必要になる場合があります。申請が認められ、「障害福祉サービス受給者証」が交付されたら、事業所と正式に契約を結びます。これで、自立支援医療で経済的な安心を確保しながら、就労移行支援で本格的な就職準備をスタートさせる体制が整いました。
2つの制度を同時に進める上で、多くの方が抱く疑問にお答えします。
A. 自立支援医療を先に申請し、それと並行して就労移行支援事業所を探し始めるのが最も効率的でおすすめです。
前述の通り、先に自立支援医療を申請しておくことで、就労移行支援を探す活動期間中の通院費負担も軽減され、経済的な不安なく動けます。両方の申請を同時に進めるイメージを持つと良いでしょう。
A. はい、どちらの制度も申請窓口は、お住まいの市区町村の「障害福祉課」などの担当窓口であることがほとんどです。
ただし、担当係が分かれている場合や、必要書類が異なるため、手続きはそれぞれ個別に行う必要があります。訪問する前に一度電話などで連絡し、「自立支援医療と就労移行支援の申請をしたい」と伝え、必要な持ち物を確認しておくと非常にスムーズです。
A. いいえ、どちらの制度も障害者手帳は必須ではありません。
この点は非常に重要なので繰り返しますが、手帳がなくても、医師が作成した診断書や意見書によってサービスの必要性が認められれば、両制度とも利用可能です。手帳の有無で諦めないでください。
この記事では、精神・発達障害のある方が「働きたい」という希望を叶えるための強力なサポーターとなる2つの公的制度、「就労移行支援」と「自立支援医療」、そして2025年から始まる新制度「就労選択支援」について詳しく解説してきました。
「働きたい」という気持ちは、とても尊いものです。しかし、その気持ちを行動に移すとき、多くの不安や課題が伴うのも事実です。大切なのは、それらの不安を一人で抱え込まないこと。あなたの周りには、専門的な知識と経験を持って、あなたの挑戦をサポートしてくれる専門家がたくさんいます。
もしこの記事を読んで、「少し話を聞いてみたい」「自分も利用できるかもしれない」と感じたら、ぜひ勇気を出して、下記のような身近な相談先に連絡を取ってみてください。
「ちょっと相談したいのですが…」という一本の電話や、窓口への訪問。その小さな一歩が、あなたが自分らしく輝ける未来を切り拓く、大きなきっかけになるはずです。あなたの「働きたい」という想いを、社会は全力で応援しています。