「電話が鳴るたびに心臓が跳ねる」「朝礼での自己紹介で、最初の言葉がどうしても出てこない…」
吃音(きつおん)、いわゆる「どもり」が原因で、話すこと自体に強い不安や恐怖を感じ、働くことへの一歩を踏み出せずにいる方は少なくありません。特に、精神障害や発達障害の特性と併存することで、その悩みはさらに複雑化し、社会参加への大きな壁となっている現実があります。
しかし、その壁を乗り越え、あなたが持つ能力や個性を活かして、自信を持って社会で活躍するための道は確かに存在します。その最も強力な選択肢の一つが、「就労移行支援」です。
この記事は、吃音に悩む方々が、就労移行支援という制度を最大限に活用し、自分らしい働き方を見つけるための「完全ガイド」です。単なる制度の解説に留まらず、吃音に関する最新の科学的知見から、具体的な支援の活用法、そして未来を切り拓くための多様な選択肢まで、網羅的に、そして深く掘り下げて解説します。
この記事を最後まで読めば、あなたは以下のことを手に入れることができるでしょう。
不安を希望に変えるための知識と戦略が、ここにあります。さあ、一緒に、あなたらしい未来への扉を開く旅を始めましょう。
就労への一歩を踏み出す前に、まず最も大切なことは、あなた自身が悩みの根源である「吃音」について正しく理解することです。長年、吃音は「緊張しやすい性格だから」「もっと落ち着いて話せばいい」「気合が足りない」といった、根拠のない心因論や精神論で語られてきました。こうした誤解は、当事者に不必要な罪悪感や自己否定の感情を抱かせ、問題をさらに深刻化させる原因となってきました。しかし、近年の研究によって、その常識は大きく覆されています。この章では、吃音が「心の問題」ではなく、科学的な根拠を持つ現象であることを明らかにします。
吃音の症状は、人によって、また同じ人でも状況によって様々ですが、主に3つの「中核症状」に分類されます。ご自身の話し方の特徴がどれに当てはまるかを知ることは、客観的な自己理解の第一歩となります。
これらの症状は、単独で現れることもあれば、複数が混在して現れることもあります。また、電話、自己紹介、発表など、特定の場面や話す相手によって症状の出やすさが変わることも大きな特徴です。多くの研究で指摘されているように、症状には波があり、比較的流暢に話せる時期と、症状が強く出る時期を繰り返すことも少なくありません。これは、あなたの努力や意識とは無関係に起こる現象なのです。
なぜ、このような症状が起こるのでしょうか。かつての心因論は、科学的根拠に乏しいものでした。2025年に発表されたSoo-Eun Chang氏らの包括的なレビュー論文をはじめとする最新の研究は、吃音が脳の機能や構造、遺伝的要因などが複雑に絡み合う「神経発達障害(Neurodevelopmental Disorder)」であるという見方を強力に支持しています。
“Stuttering is characterized by alterations in several speech-related interconnected brain networks, highlighting its nature as a multifaceted neurological disorder rather than a condition confined to a single brain region.”
(訳:吃音は、単一の脳領域に限定された状態ではなく、複数の音声関連の相互接続された脳ネットワークの変化を特徴とする、多面的な神経学的障害である。)
出典: Chang, S. E., et al. (2025). Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps.
これは、吃音があなたの「性格」や「心の問題」ではなく、脳の働き方の特性に起因することを示唆する、非常に重要な知見です。具体的には、以下の3つの科学的根拠が示されています。
スムーズに話すためには、脳の様々な領域がオーケストラのように連携して働く必要があります。しかし、MRIなどの脳画像研究により、吃音のある人の脳では、特に以下の領域を含むネットワークの働きに違いがあることが分かってきました。
これらの領域は、単に「話す」だけでなく、認知や感情のコントロールにも関わっています。つまり、吃音は単なる発話の障害ではなく、より広範な脳機能ネットワークの問題として捉えられているのです。
吃音は家族内で見られることがあり、遺伝的な要因が関与することが古くから知られていました。最新の研究では、これが単一の遺伝子によるものではなく、複数の遺伝子が少しずつ影響しあう「多遺伝子性」の障害であることが有力視されています。Chang氏らの論文では、特に細胞内の老廃物を処理する「ライソソーム」機能に関連する遺伝子(例:GNPTAB, NAGPA)の変異が、一部の吃音に関わることが特定されています。
さらに興味深いことに、これらの遺伝子が脳内で強く発現している部位と、脳内の鉄分が多く蓄積している部位が重なることが指摘されています。鉄分は、運動制御に重要な神経伝達物質であるドーパミンの代謝に関わっており、このバランスの異常が発話の流暢性に影響を与えているのではないか、という仮説が立てられています。これは、吃音が脳の生化学的なレベルでの違いに根差している可能性を示すものです。
吃音は幼児期に発症することがほとんどですが、約7〜8割は自然に治ると言われています。この「治る子」と「大人になっても続く子」の違いはどこにあるのでしょうか。研究によると、自然に回復する子どもたちの脳では、成長とともに発話関連の脳ネットワークの活動が、吃音のない子どものパターンに近づいていくことが観察されています。これは、脳が自らを修正し、適応していく力、すなわち「神経の可塑性(かそせい)」が働いている証拠です。
一方で、症状が持続する成人では、左脳の言語野の活動が低下し、それを補うように右脳が過剰に活動するパターンが見られることがあります。これは、長年の吃音経験に対する脳の代償的な適応と考えられますが、同時に非効率な発話パターンが固定化してしまっている状態とも言えます。
これらの科学的知見が示す最も重要なメッセージは、「吃音はあなたのせいではない」ということです。それは、脳の働き方の個性であり、意志の力でコントロールできるものではありません。この事実を深く理解し、受け入れることが、不必要な自己批判から解放され、前向きな対策を講じるための揺るぎない土台となります。
吃音の科学的理解が進む中で、法的な位置づけも明確化されています。2005年4月に施行された「発達障害者支援法」では、その支援対象として「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されています。この法律の枠組みの中で、吃音も「言語の流暢性に関わる脳機能の障害」として、支援の対象に含まれることが一般的になっています。
また、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5では、「小児期発症流暢障害」として正式な診断名が与えられています。これらの公的な位置づけは、あなたが就労移行支援をはじめとする福祉サービスを利用し、職場において必要な配慮(合理的配慮)を求めることが、正当な権利であることを裏付けています。
この章で見てきたように、吃音はもはや個人の「心の問題」として片付けられるものではありません。それは、科学的に解明されつつある脳機能の特性であり、公的な支援の対象となる障害です。この認識を持つことが、これから解説する「就労移行支援」を効果的に活用し、自分らしいキャリアを築くための第一歩となるのです。
吃音についての正しい知識を身につけた今、次はその悩みを乗り越え、社会で活躍するための具体的な手段に目を向けましょう。障害のある方の就労をサポートする制度は多岐にわたりますが、その中でも特に「一般企業で働きたい」という目標を持つ方にとって、最も中心的で強力なツールとなるのが「就労移行支援」です。この章では、複雑に見える障害福祉サービスの中で、就労移行支援がどのような位置づけのサービスなのかを、誰にでも分かるように解き明かしていきます。
「就労移行支援」と聞いても、具体的に何をする場所なのか、すぐにはイメージしづらいかもしれません。一言でその核心を表現するならば、それは「障害や難病のある方が、一般企業への就職を目指すための“福祉サービス付きの職業訓練校”」です。
障害者総合支援法に基づき、国が定めたこのサービスは、単にパソコンスキルや専門技術を教えるだけではありません。働く上で土台となる生活リズムの安定、コミュニケーション能力の向上、そして何より自分自身の障害特性を理解し、うまく付き合っていく方法(セルフマネジメント)まで、一人ひとりのペースに合わせて総合的にサポートしてくれるのが最大の特徴です。
就労移行支援とは、障害者総合支援法に定められた「障がい福祉サービス」のひとつで、障がいのある方が就労に向けたトレーニングを行い、働くために必要な知識やスキルを習得し、就職(復職)後も職場に定着できるようサポートを行います。
「働きたい気持ちはあるけれど、何から始めればいいか分からない」「吃音が原因で面接が怖い」「過去の職場でうまくいかなかった経験がトラウマになっている」…そんな一人ひとりの不安に寄り添い、就職というゴール、さらにはその先の「働き続ける」未来までを、専門のスタッフが伴走してくれる、まさにキャリアの「羅針盤」となるサービスなのです。
では、具体的にどのような人が、どのようなサービスを受けられるのでしょうか。ここでは「Who(対象者)」「What(サービス内容)」「Where(場所)」「How long/much(期間と費用)」という4つのWに沿って、その基本情報を整理します。
就労移行支援の対象となるのは、以下の条件を満たす方です。
提供されるプログラムは事業所によって多様ですが、大きく分けると以下の5つの柱で構成されています。これは、働くための土台作りから実践的な就職活動までを段階的にサポートするための体系的なカリキュラムです。
就労移行支援は、全国各地にある、都道府県や市町村から指定を受けた「就労移行支援事業所」で受けることができます。これらの事業所は、NPO法人や社会福祉法人、民間企業などによって運営されており、それぞれに特色があります。
自分の目指す方向性や、学びたいスキルに合わせて事業所を選ぶことが重要です。
| 世帯の収入状況 | 月額負担上限額 |
|---|---|
| 生活保護受給世帯 | 0円 |
| 市町村民税非課税世帯 | 0円 |
| 市町村民税課税世帯(所得割16万円未満)※ | 9,300円 |
| 上記以外 | 37,200円 |
※入所施設利用者(20歳以上)、グループホーム利用者は除く。
障害のある方の「働く」を支えるサービスは、就労移行支援だけではありません。特に混同されやすい「就労継続支援A型・B型」や、2025年10月から新たに始まる「就労選択支援」との違いを理解することは、自分に最適な道を選ぶ上で不可欠です。ここでは、それぞれのサービスの特徴を比較し、その位置づけを明確にします。
| サービス種類 | 目的 | 雇用契約 | 給与・工賃 | 対象者のイメージ |
|---|---|---|---|---|
| 就労移行支援 | 一般企業への就職を目指すための訓練・準備 | なし | なし(訓練のため) | 一般企業で働きたいが、スキルや準備に不安がある方 |
| 就労継続支援A型 | 支援を受けながら雇用契約に基づき働く | あり | あり(最低賃金以上) | 一般就労は難しいが、雇用されて安定的に働きたい方 |
| 就労継続支援B型 | 体調等に合わせ、非雇用で軽作業などを行う | なし | あり(工賃として) | すぐに働くのは難しいが、働く習慣や居場所が欲しい方 |
| 就労選択支援 (2025年10月〜) |
自分に合った働き方や支援を見極める(アセスメント) | なし | なし | どの就労サービスが合うか、まず相談・評価したい方 |
最大の違いは「ゴール」と「雇用契約の有無」です。
「まずは働くことに慣れたい」という方は継続支援B型、「支援のある環境で安定して収入を得たい」という方は継続支援A型、「将来的に一般企業で自立して働きたい」という方は移行支援、というように、ご自身の希望や現在の状態に合わせて選択することが重要です。もちろん、B型からA型へ、A型から移行支援を経て一般就労へ、といったステップアップも可能です。
2024年の障害者総合支援法改正で創設され、2025年10月1日から施行される新しいサービスが「就労選択支援」です。これは、就労移行支援や継続支援を利用する「前」の段階で、自分に本当に合った働き方や支援サービスは何かを、専門家と一緒に見極めるための「アセスメント(評価・整理)サービス」です。
短期間(原則1〜2ヶ月)、事業所で軽作業などを体験しながら、支援員が本人の希望や能力、必要な配慮などを客観的に評価し、レポートにまとめます。このレポートを基に、ハローワークや相談支援専門員と連携し、「Aさんは移行支援でPCスキルを学ぶのが良さそうだ」「Bさんは継続支援B型で生活リズムを整えることから始めよう」といった、ミスマッチの少ない最適な進路選択を支援します。将来的には、就労継続支援B型などを利用する前に、原則としてこの就労選択支援を受けることになります。
就労移行支援が「目的地(一般就労)に向かうための訓練」だとすれば、就労選択支援は「どの目的地に、どの乗り物で行くのが最適かを決めるための地図読みとコンパス合わせ」と言えるでしょう。この新制度については、後の章でさらに詳しく解説します。
このように、就労移行支援は、一般就労という明確な目標を持つ方々にとって、その準備段階を総合的に支える中心的な役割を担うサービスです。次の章では、いよいよ本記事の核心である、吃音のある方がこのサービスを具体的にどう活用していくべきか、その実践的なステップを詳しく見ていきます。
就労移行支援がどのようなサービスか理解できたところで、いよいよ本題です。吃音という特性を持つあなたが、この制度をただ利用するだけでなく、「最大限に活用」し、自分らしい働き方を実現するためには、どのような視点と行動が必要なのでしょうか。ここでは、制度の解説に留まらず、吃音当事者ならではの課題に焦点を当て、就職というゴール、そしてその先の安定した職業生活へと繋げるための具体的な4つのステップを詳細に解説します。
就職活動において、そして就職後に職場で安定して働く上で、最も重要なことは「自分自身を深く理解し、必要な配慮を他者に的確に伝えられること」です。特に吃音の場合、症状の出方は人や状況によって大きく異なるため、画一的な対応ではうまくいきません。就労移行支援は、この「自分の取扱説明書(トリセツ)」を作成するための絶好の機会を提供してくれます。
まずは、支援員との定期的な個別面談や、日々の活動記録を通じて、自分の吃音について徹底的に掘り下げてみましょう。これまでは漠然と「話すのが苦手」と感じていたことを、より具体的に分析していきます。
就労移行支援のプログラムには、こうした自己分析を促すワークが豊富に用意されています。専門的な知識を持つ支援員は、あなたの話に共感的に耳を傾け、客観的な視点からフィードバックをくれます。「それは『回避』という行動ですね」「その場面で緊張するのは、過去のこういう経験が影響しているのかもしれませんね」といった専門家からの指摘は、自分一人では気づけなかったパターンを発見する助けになります。
自己分析が進んだら、次はその特性を踏まえて「どうすれば働きやすくなるか」を考え、「合理的配慮」として具体的に言語化していきます。これは、企業に対して「お願い」するのではなく、あなたが能力を発揮するために必要な環境調整を「要求」する、法律で認められた権利です。
支援員と一緒に、以下のようなリストを作成してみましょう。
【合理的配慮の要求リスト(例)】
- 電話応対:吃音の症状が最も出やすいため、内線・外線ともに、可能な限り他の社員の方に対応をお願いしたい。緊急時以外は、チャットやメールでの連絡を基本とさせてほしい。
- 会議・朝礼での発言:急な指名は避け、事前に発言の機会があることを知らせてほしい。発表の際は、手元の資料を読みながら話すことを許可してほしい。
- 指示の受け方:口頭での複雑な指示は聞き漏らす可能性があるため、チャットやメモなど、文字で残る形で指示をいただけると大変助かる。
- コミュニケーション:言葉に詰まっても、急かさずに最後まで待ってほしい。「ゆっくりでいいよ」などの声かけは、逆にプレッシャーになることがあるため、静かに聞いてもらえるのが最もありがたい。
- カミングアウト:入社時に、配属先のチームメンバーに対して、上司から「吃音の特性があり、話し始めに詰まることがあるが、業務遂行能力に問題はない」と簡潔に説明してもらえると、安心して業務を開始できる。
このように「自分のトリセツ」を明確にすることで、面接で自信を持って自分の特性と必要な配慮を説明できるようになります。これは、企業側にとっても「どう対応すれば良いか」が分かり、採用後のミスマッチを防ぐ上で非常に有益な情報となるのです。
吃音のある方の多くは、過去にからかわれたり、話を遮られたりした辛い経験から、話すこと自体に恐怖心(発話恐怖)を抱いています。この恐怖心が、さらなる緊張を生み、症状を悪化させるという悪循環に陥りがちです。就労移行支援事業所は、この悪循環を断ち切るための「失敗しても大丈夫な安全な場所」としての役割を果たします。
多くの事業所で導入されているSST(Social Skills Training)は、吃音のある方にとって特に有効なプログラムです。これは、職場でありそうな具体的な場面(例:上司への報告、同僚への依頼、意見の対立)をロールプレイング形式で練習するものです。
事業所という守られた環境でなら、言葉に詰まっても、うまく言えなくても、誰もあなたを責めません。支援員や他の利用者は、あなたの話を最後まで辛抱強く聞いてくれます。この「吃音があっても、伝えたい内容を最後まで聞いてもらえた」という成功体験の積み重ねが、発話への恐怖心を少しずつ和らげ、自己肯定感を高めていきます。
就職活動最大の難関である面接。就労移行支援では、この模擬面接を繰り返し行います。しかし、単に志望動機をスラスラ言う練習をするのではありません。吃音のある方にとっては、むしろ「吃音について、いかに効果的にカミングアウトし、理解を求めるか」を練習する絶好の機会です。
面接官役の支援員に対して、ステップ1で作成した「自分のトリセツ」を基に、以下のような練習をしてみましょう。
これらのシミュレーションを通じて、本番の面接でパニックに陥ることなく、冷静かつ誠実に自分を表現するスキルを身につけることができます。これは、独学では決して得られない、就労移行支援ならではの大きなメリットです。
「自分に合った仕事が分からない」「障害を理解してくれる会社なんてあるのだろうか」という不安は、一人で抱えているとますます大きくなります。就労移行支援では、就労支援のプロフェッショナルである支援員やジョブコーチが、あなたと企業との間の強力な架け橋となってくれます。
支援員は、日々の訓練や面談を通じて把握したあなたの特性、強み、そして希望を基に、どのような職種や職場環境が合っているかを一緒に考えてくれます。例えば、吃音の特性を考慮すると、以下のような仕事が候補に挙がるかもしれません。
もちろん、これはあくまで一例です。「話すことが好き」な吃音当事者もいます。重要なのは、ステレオタイプに当てはめるのではなく、あなたの個性と希望を最大限に尊重し、その上で特性とのバランスが取れる職場を一緒に探していく、というプロセスです。
就労移行支援の大きな強みの一つが、企業実習の機会が豊富なことです。事業所は、障害者雇用に積極的で理解のある企業のネットワークを持っています。履歴書や面接だけでは分からない職場のリアルな雰囲気を、実際に働いてみることで体験できます。
企業実習は、あなたにとって「お試し」の機会であると同時に、企業側にとってもあなたの人柄や仕事ぶりを知る機会となります。実習中に真摯に業務に取り組む姿を見せることで、「吃音はあっても、仕事はしっかりできる人だ」という信頼を勝ち取ることができ、それが直接採用に繋がるケースも少なくありません。また、実習先で「この業務は自分に合っている」「この職場の雰囲気なら安心して働けそうだ」といった具体的な手応えを得ることは、就職への大きな自信となります。
多くの人が勘違いしがちですが、就労移行支援のゴールは「内定」ではありません。本当のゴールは「その職場で長く、安定して働き続けること」です。そのために用意されているのが「就労定着支援」というサービスです。
これは、就労移行支援などを利用して就職した方を対象に、就職後最長3年半にわたって、元の事業所のスタッフなどがサポートを続けてくれる制度です。具体的には、以下のような支援が受けられます。
ジョブコーチが職場に訪問し、具体的な業務の進め方や同僚とのコミュニケーションについて助言を行うこともあります。就職という新しい環境への移行期に、信頼できる相談相手がいるという安心感は、何物にも代えがたいものです。この定着支援の存在こそが、就労移行支援を単なる「就活塾」ではない、人生の伴走者たらしめている理由なのです。
以上の4つのステップは、就労移行支援というプラットフォームの上で、吃音という特性と向き合い、それを乗り越え、社会で自立するための具体的なロードマップです。次の章では、この重要なロードマップを歩み始めるために、数ある事業所の中から自分に最適な「出発点」をどう選ぶかについて解説します。
就労移行支援の価値を最大限に引き出すためには、自分に合った事業所を選ぶことが何よりも重要です。全国に3,000以上あると言われる事業所は、それぞれに特色や強みがあり、まさに玉石混交です。最長2年間という貴重な時間を投資する場所だからこそ、慎重に、そして主体的に選ぶ必要があります。ここでは、後悔しない事業所選びのための具体的なチェックリストを3つの観点から提示します。
まず確認すべきは、提供されている訓練プログラムが、自分の目標や課題に合っているかです。ウェブサイトやパンフレットを見るだけでなく、見学や体験利用の際に、具体的な内容を詳しく質問しましょう。
プログラム内容と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、支援員の専門性や事業所としての実績です。質の高い支援が受けられるかどうかは、スタッフの質に大きく左右されます。
最後に、見落としがちですが非常に重要なのが、事業所の物理的な環境と「空気感」です。これから毎日通う場所になるかもしれないからこそ、自分が安心して、無理なく通い続けられる場所かどうかを肌で感じることが大切です。
事業所選びは、就職活動の第一歩であり、最も重要な選択の一つです。これらのチェックリストを活用し、焦らず、じっくりと自分に合ったパートナーを見つけることが、成功への鍵となります。
これまで就労移行支援を中心に解説してきましたが、あなたのキャリアを考える上で、より広い視野を持つことも重要です。幸いなことに、現在、障害者雇用を取り巻く環境は、法改正などを追い風に、大きく変化しつつあります。この章では、就労移行支援という選択肢をより大きな文脈の中に位置づけ、あなたの可能性をさらに広げるための情報を提供します。
近年、国は障害のある方の社会参加を強力に推進しており、それに伴い企業に課せられる責任も大きくなっています。これは、求職者であるあなたにとっては大きなチャンスを意味します。
企業が雇用しなければならない障害者の割合を示す「法定雇用率」。この率が、障害者雇用促進法に基づき、段階的に引き上げられています。
この引き上げにより、これまで障害者雇用の義務がなかった中小企業も新たに対象となり、全体として障害者の求人数が増加することが期待されます。企業側も、採用目標を達成するために、より積極的に採用活動を行わざるを得ない状況になっているのです。
もう一つの大きな変化は、働き方の多様化に対応した制度改正です。2024年4月から、これまで雇用率の算定対象外だった週の所定労働時間が10時間以上20時間未満の精神障害者、重度身体障害者、重度知的障害者も、1人あたり「0.5人」として雇用率に算定できるようになりました。
これは、「フルタイムで働くのは体力的にまだ不安」という方にとって、非常に大きな意味を持ちます。企業側も、短時間勤務の求人を出すインセンティブが生まれたため、「まずは週15時間から始めて、徐々に時間を延ばしていく」といった、より柔軟でスモールステップな働き方がしやすくなりました。吃音の症状や体調に波がある方でも、無理なく社会復帰を目指せる道が広がったと言えるでしょう。
就労移行支援は強力な選択肢ですが、それが唯一の道ではありません。あなたの状況やニーズに応じて、他にも頼りになる相談窓口が存在します。
最も身近な就労支援機関です。障害のある方向けの専門窓口が設置されており、求人紹介だけでなく、様々な専門支援を受けられます。
各都道府県に設置されている、より専門性の高い支援機関です。ハローワークや就労移行支援事業所と密接に連携しており、「支援の司令塔」のような役割を担っています。
「何から手をつけていいか全く分からない」という方は、まずこの地域障害者職業センターに相談してみるのも良い選択です。あなたの状況を整理し、最適な支援機関(就労移行支援など)に繋いでくれるでしょう。
このように、あなたを支えるセーフティネットは、一つではありません。法改正によって社会全体の受け入れ態勢が整いつつある今、就労移行支援を中心に、これらの多様なリソースを組み合わせることで、吃音という特性を抱えながらも、自分らしく輝ける道筋は、確実に拓けていくのです。
この記事では、吃音という特性を抱えながら働くことに悩む方々に向けて、「就労移行支援」を軸とした、自分らしいキャリアを築くための道筋を多角的に解説してきました。最後に、本記事の最も重要なポイントを振り返り、あなたの未来に向けた次の一歩を後押しします。
長い間、吃音の悩みは個人的な問題として、一人で抱え込まれがちでした。しかし、もうその必要はありません。あなたには、公的な制度に裏付けられた支援を受ける権利があり、あなたの力を必要としている社会があります。
この記事を読んで、少しでも「自分も変われるかもしれない」「相談してみようかな」と感じたなら、ぜひその気持ちを大切に行動に移してみてください。不安や恐怖が大きいのは当然です。しかし、その一歩を踏み出さなければ、景色は変わりません。
最初の一歩は、決して大きなものである必要はありません。
お住まいの市区町村の障害福祉担当窓口に電話してみる。
この記事で気になった就労移行支援事業所のウェブサイトを覗いて、見学の申し込みをしてみる。
それだけで十分です。そこには、あなたの話に真摯に耳を傾け、あなたの未来を一緒に考えてくれる専門家が待っています。
一人で抱え込まず、専門家という羅針盤を手に入れてください。吃音があっても、あなたらしく、誇りを持って働ける未来は、その一歩の先に必ず待っています。