コラム 2025年11月12日

発達障害者のための職場コミュニケーション基本ルール:無理なく長く働くための実践ガイド

「ケアレスミスでよく叱られる」「職場の人間関係になじめない」「頑張っているのに、なぜかうまくいかない…」

うつやADHD、ASDなどの特性が原因で、このような悩みを抱え、早期退職を経験された方も少なくないでしょう。次の職場では「無理なく、長く働きたい」と願うのは当然のことです。その願いを叶えるための最も重要な鍵の一つが、「職場でのコミュニケーション」です。

この記事では、発達障害の特性を持つ方が職場で直面しがちなコミュニケーションの壁を乗り越え、安心して働き続けるための具体的な「基本ルール」と実践的な方法を、深く掘り下げて解説します。

なぜ職場コミュニケーションが難しいのか?発達障害の特性から考える

「コミュニケーション能力が低い」と一言で片付けられがちですが、その背景には発達障害の特性が大きく影響しています。まずは、ご自身の困難がどこから来るのかを理解し、客観的に捉えることから始めましょう。

ASD(自閉スペクトラム症)の特性とコミュニケーションの壁

ASDの特性を持つ方は、論理的で実直なコミュニケーションを好む一方で、社会的な暗黙のルールを読み取ることが苦手な場合があります。

  • 言葉の文字通りの解釈:「適当にお願い」「いい感じにしといて」といった曖昧な指示や、皮肉・冗談の意図を汲み取ることが難しく、混乱や誤解を招きやすいです。
  • 非言語的情報の読み取り:相手の表情、声のトーン、視線といった言葉以外の情報から感情やニュアンスを察することが苦手なため、「相手が怒っているのか」「今話しかけても良いのか」といった判断に迷いが生じます。
  • 「空気を読む」ことの困難さ:会議の流れや職場の雰囲気といった、その場の暗黙の了解を理解するのが難しく、意図せず不適切なタイミングで発言してしまうことがあります。

ADHD(注意欠如・多動症)の特性とコミュニケーションの壁

ADHDの特性である不注意・多動性・衝動性は、コミュニケーションの様々な場面で影響を及ぼします。

  • 不注意:会議中に集中力が途切れて話を聞き逃したり、指示の重要な部分を忘れてしまったりすることがあります。これにより、何度も同じことを質問してしまったり、指示と違うことをしてしまったりします。
  • 衝動性:相手の話を最後まで聞かずに自分の考えを話し始めたり、思いついたことをすぐに口に出してしまったりすることがあります。これが「話を遮る」「失礼な人」という印象を与えてしまうことがあります。
  • 多動性(内的な落ち着かなさを含む):長時間の会議や面談でじっとしているのが苦痛で、そわそわしてしまうことがあります。これが「話に興味がない」と誤解される原因にもなります。

「うつ」など二次障害による影響

発達障害の特性からくる困難が続くと、自己肯定感が低下し、うつ病や不安障害などの二次障害を発症することがあります。これらの精神的な不調も、コミュニケーションに影を落とします。

  • 否定的自己認識:「また失敗するかもしれない」「どうせ自分は理解されない」といったネガティブな思考が、発言をためらわせたり、過度にへりくだった態度になったりする原因となります。
  • エネルギーの枯渇:精神的なエネルギーが低下しているため、人と話すこと自体が大きな負担になります。結果として、必要な報告・連絡・相談を避けてしまい、問題が大きくなることがあります。
  • 過剰な不安:相手の些細な言動をネガティブに捉えすぎたり、「嫌われたのではないか」と過度に心配したりして、コミュニケーションそのものに恐怖を感じることがあります。

職場で実践したい!コミュニケーションの基本ルール5選

ここからは、明日からでも実践できる具体的なコミュニケーションの「基本ルール」を5つご紹介します。これらは、発達障害の特性をカバーし、誤解やミスを未然に防ぐための「技術」です。

ルール1:指示・依頼は「5W1H」で確認する

曖昧な指示は、ミスや手戻りの最大の原因です。指示を受けたら、必ず具体的な要素に分解して確認する習慣をつけましょう。そのための強力なツールが「5W1H」です。

  • When(いつまでに):納期はいつか?
  • Where(どこで):どこに提出・報告するか?
  • Who(誰が・誰に):誰が担当するのか?誰に渡すのか?
  • What(何を):具体的に何をするのか?
  • Why(なぜ):その仕事の目的・背景は何か?
  • How(どのように):どのような形式・手順で進めるのか?

特に「Why(なぜ)」を確認することは重要です。仕事の目的を理解することで、指示にない部分でも適切な判断がしやすくなり、仕事の質が向上します。

会話例

上司:「この資料、A社向けに修正しておいて。」
自分:「はい、わかりました。」(→何をどう修正すればいいか分からず、後で困る)

上司:「この資料、A社向けに修正しておいて。」
自分:「はい、承知いたしました。確認させてください。

  • いつまでに(When)必要でしょうか?
  • 修正したデータは誰に(Who)お渡しすればよろしいですか?
  • 具体的にはどの部分を(What)どのように(How)修正しますか?(例:グラフの数値を最新版に差し替える、など)

メモを取りますので、教えていただけますでしょうか。」

ポイントは、質問を恐れないことです。「確認不足でミスをする」より、「最初にしっかり確認する」方が、はるかに評価されます。手元にメモ帳やデジタルメモを用意し、その場で書き留めることを徹底しましょう。

ルール2:「結論から話す」PREP法を意識する

考えがまとまらず話が長くなりがちな方や、要点を伝えるのが苦手な方には、PREP法が非常に有効です。これは、情報を整理し、相手に分かりやすく伝えるためのフレームワークです。

  1. Point(結論):まず、話の結論・要点を述べます。「〜の件、完了しました」「〜についてご相談があります」など。
  2. Reason(理由):次に、その結論に至った理由や背景を説明します。「なぜなら〜だからです」
  3. Example(具体例):理由を裏付ける具体的な事例やデータを提示します。「例えば、〜という状況です」
  4. Point(結論の再提示):最後に、もう一度結論を繰り返して話を締めくくります。「つきましては、〜をお願いいたします」
報告の例(PREP法を使用)【P:結論】
A社との打ち合わせ日程が、来週火曜日の14時に確定しました。【R:理由】
本日午前中に担当の山田様と直接お話ができ、候補日の中から調整が完了したためです。【E:具体例】
場所は先方の会議室で、参加者は当方から私と部長、先方は山田様と佐藤様の計4名です。議題は新製品のデモと導入スケジュールの件です。

【P:結論の再提示】
つきましては、来週火曜日の14時から15時半まで、部長のスケジュール確保をお願いいたします。

最初は難しく感じるかもしれませんが、報告や相談の前に、メモ帳にP・R・E・Pを書き出して内容を整理する練習を繰り返すことで、自然と身についていきます。

ルール3:非言語的コミュニケーションを「言葉」で補う

ASD特性などで相手の感情や意図を読み取るのが苦手な場合、無理に「察しよう」とすると疲弊してしまいます。解決策は、分からないことを正直に、かつ丁寧に言葉で確認することです。

  • 相手の意図を確認する:「申し訳ありません、私の理解が追いついていないのですが、今のは比喩的な表現でしょうか?具体的にご指示いただけますか?」
  • 相手の感情が気になったとき:「もし私の先ほどの説明で、ご気分を害された点がありましたら、今後のためにご指摘いただけますと幸いです。」(決めつけるのではなく、確認する姿勢が大切)
  • 自分の状態を伝える:「集中すると無表情になりがちなのですが、決して怒っているわけではありませんので、ご安心ください。」「複数のことを同時に言われると混乱してしまうので、一つずつお願いできますでしょうか。」

このように言葉で補うことで、不要な憶測や不安から解放され、コミュニケーションの透明性が高まります。これは「空気が読めない」のではなく、「正確な意思疎通を重視する」という誠実な姿勢として、相手に伝わります。

ルール4:相談・報告のタイミングを「予約」する

衝動的に話しかけて相手の仕事を中断させてしまったり、逆に「忙しそうだから…」と声をかけるタイミングを逃し続けてしまったりする。これはADHD特性や不安傾向のある方によく見られるパターンです。

この問題は、相手の時間を尊重し、自分の用件を確実に伝えるための「アポイント」を取ることで解決できます。

タイミングの予約例

  • 短い用件の場合:「〇〇さん、今1分だけよろしいでしょうか?」
  • 少し時間が必要な場合:「〇〇の件で5分ほどご相談したいのですが、今日の午後、ご都合のよい時間帯はありますか?」
  • チャットツールを使う場合:「お忙しいところ失礼します。〇〇の件でご相談があり、10分ほどお時間をいただきたいです。お手すきの際に候補時間をいくつかいただけますでしょうか。」

このように事前に「予約」することで、相手は心の準備ができ、集中して話を聞いてくれます。あなた自身も「いつ話そう…」と悩み続けるストレスから解放され、落ち着いて本題に入ることができます。

ルール5:感謝と謝罪を「具体的に」伝える

良好な人間関係は、日々の小さなコミュニケーションの積み重ねから生まれます。「ありがとうございます」「すみません」を言うだけでなく、何に対して感謝・謝罪しているのかを具体的に添えることが、信頼構築の鍵です。

  • 感謝の具体化:
    (△)「ありがとうございます。」
    (〇)「先ほどのデータ入力、手伝っていただきありがとうございました。〇〇の部分のやり方が分からなかったので、本当に助かりました。
  • 謝罪の具体化:
    (△)「遅れてすみません。」
    (〇)「報告書の提出が遅れてしまい、大変申し訳ありません。関連データの収集に想定より時間がかかってしまいました。今後は、遅れそうな段階で一度ご相談するようにいたします。

具体的な謝罪は、単なる反省だけでなく、「原因分析」と「再発防止策」を相手に伝える効果があります。これにより、「失敗はしたが、次に活かそうとしている」という前向きな姿勢が伝わり、信頼の低下を最小限に抑えることができます。

コミュニケーションを円滑にするための「環境調整」と「自己理解」

コミュニケーションスキルを磨くと同時に、働きやすい環境を自ら作っていくことも、長く働き続けるためには不可欠です。これには「自己理解」を深め、それを周囲に適切に伝える努力が含まれます。

自分の「取扱説明書」を作成し、共有する

「自分の取扱説明書(トリセツ)」とは、自分の障害特性、得意なこと、苦手なこと、そして必要な配慮などをまとめた資料のことです。これを信頼できる上司や同僚に共有することで、無用な誤解を防ぎ、必要なサポートを得やすくなります。

取扱説明書の記載項目例

  • 得意なこと:
    • ルールが明確な定型業務、データ入力やチェック作業
    • 一度集中すると、高い精度で長時間作業を続けられること
  • 苦手なこと:
    • 複数の指示を同時に口頭で受けること(混乱し、抜け漏れが発生しやすい)
    • 電話応対(相手の顔が見えず、急な要件に対応するのが難しい)
  • 希望する配慮:
    • 指示は、チャットやメールなど、後から見返せる文章でいただけると大変助かります。
    • 騒がしい場所だと集中しづらいため、可能であればパーテーションのある席や、イヤーマフの使用を許可いただけると幸いです。

共有するタイミングは、試用期間が終わってからや、上司との面談の場などが考えられます。これは「できないことの言い訳」ではなく、「自分の能力を最大限に発揮し、会社に貢献するための協力依頼」であるという前向きな姿勢で伝えることが重要です。

信頼できる上司や同僚を見つける

職場で一人でも「この人になら相談できる」という味方(アライ)を見つけることは、精神的な安定に大きく寄与します。その人は、あなたが困ったときに相談に乗ってくれたり、他の人との橋渡しをしてくれたりする存在になり得ます。

日々の業務の中で、辛抱強く説明してくれる人、あなたの意見を否定せずに聞いてくれる人、小さな成功を褒めてくれる人などを意識して探してみましょう。そして、ルール5で紹介したような具体的な感謝を伝えることで、少しずつ良好な関係を築いていきましょう。

就労移行支援などの専門機関を活用する

一人で抱え込まず、専門家の力を借りることも非常に有効な選択肢です。「就労移行支援事業所」などの福祉サービスでは、専門のスタッフが以下のようなサポートを提供してくれます。

  • ビジネスマナーやコミュニケーションスキルのトレーニング
  • 自己理解を深めるためのカウンセリングやプログラム
  • 自分の特性に合った求人の紹介
  • 就職後の職場定着支援(企業と本人の間に入って調整を行う)

一度退職してしまった経験から自信を失っている場合でも、こうした機関でスキルを学び直し、専門家と共に次のステップを準備することで、安心して再就職に臨むことができます。

まとめ:小さな成功体験を積み重ね、自分らしい働き方を見つけよう

職場のコミュニケーションは、生まれ持った才能ではなく、練習によって上達できる「スキル」です。今回ご紹介した5つの基本ルールは、そのための具体的な練習方法です。

最初からすべてを完璧にこなす必要はありません。まずは「指示を5W1Hで一つ確認できた」「報告の際にPREP法を意識してみた」といった、小さな成功体験を大切にしてください。その積み重ねが、あなたの自信となり、コミュニケーションへの苦手意識を和らげてくれます。

同時に、自分の特性を理解し、必要な配慮を求める「環境調整」も進めていきましょう。完璧なコミュニケーターを目指すのではなく、自分と周囲の負担を減らし、あなたが持つ能力を最大限に発揮できる働き方を見つけることがゴールです。

試行錯誤は当然のプロセスです。焦らず、一つひとつ着実に実践することで、必ず「無理なく、長く働ける」道は開けていきます。

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