まずは敵を知ることから始めましょう。パニック発作とは何か、そしてなぜ職場で起こりやすいのかを理解することは、効果的な対策の第一歩です。
パニック発作は、明確な理由なく突然、強烈な恐怖感や不安感に襲われ、動悸、息苦しさ、めまい、吐き気といった身体症状が伴う状態を指します。これは、生命の危機に瀕した時に作動する「闘争・逃走反応」が、危険がない状況で誤作動してしまうことで起こります。「このまま死んでしまうのではないか」「気が狂ってしまうのではないか」という強い恐怖を感じますが、発作自体が命に危険を及ぼすことはありません。通常、ピークは10分以内で、30分〜1時間程度で自然に収まります。
ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ方は、職場環境において特有のストレスを抱えがちです。
これらの特性や状態は、それ自体が悪いわけではありません。しかし、一般的な職場環境が、こうした特性を持つ人々にとって過剰なストレス源となり、結果としてパニック発作のリスクを高めてしまうのです。
パニック発作への最も効果的な対策は「予防」です。日々の生活や働き方を少し見直すことで、発作が起こりにくい心身の状態を作ることができます。
何が自分のストレスや不安を高めるのかを客観的に知ることが重要です。スマートフォンのメモ機能や手帳を使い、「ストレス日記」をつけてみましょう。
記録を続けることで、「こういう状況で自分は不調になりやすい」というパターンが見えてきます。パターンが分かれば、その状況を避けたり、備えたりすることが可能になります。
心身のエネルギーが枯渇していると、些細なことでもパニックの引き金になります。自分をいたわるセルフケアを、仕事と同じくらい大切な「タスク」として捉えましょう。
「障害者差別解消法」により、事業主は障がいのある従業員から申し出があった場合、過度な負担にならない範囲で「合理的配慮」を提供することが義務付けられています。
診断を受けている場合、勇気を出して上司や人事部に相談してみましょう。その際は、「病名」だけを伝えるのではなく、「どのような特性があり、そのためにどんな困難があり、どういう配慮があれば業務を円滑に進められるか」を具体的に伝えることが重要です。
【ASDのAさんの場合】
悩み:オフィスの電話の音や雑談が気になり、集中できずミスが増える。急な指示は混乱する。
求めた配慮:
結果:感覚的な負担が減り、仕事の精度が向上。安心して業務に取り組めるようになった。
【ADHDのBさんの場合】
悩み:複数のタスクが重なるとパニックになり、何から手をつけていいか分からなくなる。
求めた配慮:
結果:見通しが立つことで漠然とした不安が減り、計画的に仕事を進められるようになった。
診断がない場合でも、「音に敏感で集中しにくいので、静かな場所で作業させていただけませんか?」など、自身の特性として伝えることで、配慮を得られる可能性があります。
どれだけ予防していても、発作が起きてしまうことはあります。そんな時のために、「こうすれば大丈夫」という具体的な手順を知っておくことが、何よりの安心材料になります。
「発作が来そうだ」と感じたら、まずその場を離れ、一人になれる安全な場所に移動しましょう。人の目を気にせず、落ち着いて対処することに集中するためです。
パニック発作中は、意識が「未来への恐怖」や「身体の異常」に向いています。その意識を、安全な「今、ここ」の現実世界に引き戻すのが「グラウンディング」です。
これを数回繰り返します。ゆっくりとした呼吸は、興奮した自律神経を落ち着かせる効果があります。
発作の最中は、「またやってしまった」と自分を責めがちです。しかし、それは逆効果。自分を励まし、安心させる言葉をかけましょう。
これは、認知行動療法の考え方に基づいたセルフヘルプです。恐怖に満ちた思考を、客観的で安心できる思考に置き換える練習です。
発作が収まった後も、心身は疲弊しています。無理をせず、適切なケアを行うことが、次の発作を防ぎ、安心して働き続けるために不可欠です。
発作が落ち着いても、すぐに仕事に戻ろうと焦らないでください。
パニック発作について、必ずしも職場の人に詳しく話す必要はありません。もし心配された場合は、以下のように伝えると良いでしょう。
もし、信頼できる上司や同僚がいる場合は、「時々、強い不安感に襲われることがあるのですが、その時は少しの間、静かな場所で休ませてもらえると助かります」と、事前に伝えておくのも一つの手です。理解者が一人いるだけで、心の負担は大きく軽減されます。
職場でパニック発作を経験することは、非常につらく、孤独を感じるものです。しかし、あなたは一人ではありません。ADHDやASD、うつなどの特性を抱えながら、社会で奮闘している人はたくさんいます。
大切なのは、「自分の特性を理解し、自分に合った予防策と対処法を知り、必要なサポートを求める勇気を持つこと」です。 この記事で紹介した方法は、あなたが自分自身を守り、無理なく、そして長く働き続けるための具体的な武器となります。
今日から、まずは一つでも実践できそうなことから始めてみてください。ストレス日記をつける、寝る前に5分だけ呼吸法を試す、信頼できそうな人に相談してみる。その小さな一歩が、あなたの明日を少しずつ、でも確実に楽にしてくれるはずです。 もし、一人で抱えきれないと感じたら、専門家(医師、カウンセラー、就労移行支援事業所のスタッフなど)に相談することも、非常に有効な選択肢です。あなたのペースで、あなたらしい働き方を見つけていくことを、心から応援しています。