具体的な対策を講じる前に、まずは「なぜうつ病は再発しやすいのか」を理解することが重要です。これは決して本人の意思の弱さや甘えが原因ではありません。科学的に説明できる3つの主要な要因があります。
うつ病を一度経験すると、脳に特定の「思考の癖」が残りやすくなります。これは「認知の歪み」とも呼ばれ、物事を悲観的に捉えたり、自分を過度に責めたりする傾向を指します。例えば、職場で少し注意されただけで「自分はもうダメだ」「誰からも必要とされていない」と極端に落ち込んでしまうのは、この思考パターンが影響している可能性があります。症状が改善した後も、この「癖」は残りやすく、仕事のストレスが引き金となって、再びネガティブな思考の連鎖に陥りやすいのです。
うつ病は、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質のバランスの乱れが関与しているとされています。治療によってこれらのバランスは改善しますが、ストレスに対する脳の感受性が高まった状態が続くことがあります。特に、ストレス反応を司るHPA系(視床下部-下垂体-副腎系)が過敏になり、些細なストレスでも過剰に反応してしまうため、心身のエネルギーが消耗しやすくなり、再発の引き金となることがあります。
多くの場合、うつ病の発症には職場環境が大きく関わっています。長時間労働、過度なプレッシャー、人間関係の対立などが主な原因です。もし、休職前と同じようなストレスフルな環境に何の対策もせずに戻れば、再発のリスクは非常に高くなります。環境が変わらない限り、同じ刺激を受け続け、心身が再び疲弊してしまうのは当然のことと言えるでしょう。
再発のメカニズムを理解した上で、ここからは働きながら実践できる具体的な予防策を7つご紹介します。すべてを一度にやろうとせず、自分にできそうなものから一つずつ試してみてください。
最も重要なのは、自分自身を深く理解することです。「自分の取扱説明書(トリセツ)」を作成するイメージで、以下の点を客観的に把握しましょう。
特にADHDやASDの特性を併せ持つ方は、感覚過敏(音、光)やタスク管理の困難さなどがストレスに直結しやすいため、どのような配慮があれば楽になるかを具体的に言語化しておくことが極めて重要です。
ストレスの多い環境に身を置き続けるのは、再発のリスクを高めるだけです。受け身ではなく、主体的に環境を調整する意識を持ちましょう。
うつ病になりやすい方の特徴として、「完璧主義」や「べき思考」が挙げられます。「100点でなければ意味がない」という考えは、自分自身を追い詰め、心身を消耗させます。仕事においては「常に60〜70点の成果を安定して出し続ける」ことを目指しましょう。
100点を目指して燃え尽きるよりも、余力を残して仕事を終える方が、長期的に見れば会社への貢献度も高くなります。上司や顧客が求める最低限のラインをクリアしていれば、それで十分だと考え方を変える練習をしましょう。
「症状が良くなったから」と自己判断で通院や服薬を中断するのは、再発の最も大きなリスクの一つです。医師やカウンセラーは、あなたの状態を客観的に評価し、再発の微細なサインを捉えるプロフェッショナルです。
「家(第一の場所)」と「職場(第二の場所)」以外に、心から安心できる「第三の場所(サードプレイス)」を持つことは、精神的な安定に非常に有効です。職場での評価や役割から解放され、ありのままの自分でいられる場所は、心の安全基地となります。
趣味のサークル、ボランティア活動、行きつけのカフェ、オンラインコミュニティ、スポーツジムなど、何でも構いません。仕事以外の世界に自分の居場所を作ることで、仕事でのストレスを相対化し、自己肯定感を多角的に支えることができます。
心の健康は、体の健康と密接に繋がっています。特に「睡眠・食事・運動」の基本的な生活リズムは、何よりも優先して守るべき生命線です。
一人で抱え込む必要はありません。利用できる制度や支援は積極的に活用しましょう。これらはあなたの権利です。
再発予防策と並行して、次のキャリアを考える上での心構えも重要です。特に「働き方の選択」と「会社選びの視点」は、長期的な安定就労の鍵を握ります。
これは、自身の病気や障害を会社に開示して働くか(オープン)、開示せずに働くか(クローズ)という選択です。それぞれにメリット・デメリットがあります。
過去に体調が原因で早期退職を経験した方は、オープン就労(特に障害者雇用枠)を真剣に検討する価値があります。必要な配慮を受けながら働くことは、自分を守り、結果的に長く安定して会社に貢献することに繋がります。
求人票の条件だけでなく、企業の「文化」や「環境」が自分に合うかを見極めることが、これまで以上に重要になります。
うつ病の再発を防ぎながら働くことは、決して楽な道ではありません。しかし、それは「自分を大切にする技術」を学び、実践していくプロセスでもあります。
今回ご紹介した7つの予防策は、いわば長期的なキャリアを築くための土台です。完璧を目指さず、自分を理解し、周囲の助けを借りながら、一歩ずつ持続可能な働き方を構築していきましょう。
何よりもまず、あなた自身の心と体の健康が最優先です。自分をケアすることを、最も重要な「仕事」と捉え、焦らずにご自身のペースで進んでいってください。