コラム 2025年12月28日

【大人のADHD】仕事が続かない悩みから抜け出す。|就労移行支援で「自分に合う働き方」を見つけるガイド

もしかして私も?大人のADHDと「仕事の悩み」の正体

「またケアレスミスをしてしまった…」「会議の内容が頭に入ってこない」「タスクの段取りがうまくできず、いつも締め切りに追われている」。仕事で、こんな壁に何度もぶつかっていませんか?周りからは「集中力がない」「やる気がない」と誤解され、自分でも「どうして自分はこんなにダメなんだろう」と責めてしまう。そんな経験に、心当たりはないでしょうか。

もしあなたがこのような悩みを抱えているなら、それは決して「努力不足」や「性格の問題」ではないかもしれません。その背後には、大人のADHD(注意欠如・多動症)という発達障害の特性が関係している可能性があります。ADHDは、脳の機能的な特性に由来するもので、本人の意志や努力だけでコントロールするのが難しいものです。近年、子どもの頃には気づかれず、社会に出てから困難に直面し、初めて診断される「大人のADHD」が増えています。

この記事は、まさにそのような「働きづらさ」を感じているあなたのためのガイドブックです。ADHDの特性を正しく理解し、それを責めるのではなく、むしろ「個性」として活かしながら、「自分らしく、無理なく働ける道」を見つけることを目的としています。そして、そのための最も強力なサポーターの一つが、国が提供する福祉サービスである「就労移行支援」です。

就労移行支援は、いわば「自分に合った働き方を見つけるための専門学校」。自己理解を深め、必要なスキルを学び、最適な職場と出会い、そして長く働き続けるためのサポートを、専門家の伴走のもとで受けることができます。この記事を読み終える頃には、あなたは一人で抱え込んでいた悩みから解放され、具体的な次の一歩を踏み出すための知識と勇気を得ているはずです。さあ、あなたらしいキャリアを築くための旅を、ここから始めましょう。

第一部:なぜ仕事でつまずく?大人のADHD「特性」を正しく理解する

仕事での困難を乗り越えるためには、まずその原因となっている「ADHDの特性」を正しく理解することが不可欠です。敵を知り、己を知れば百戦殆うからず。ここでは、大人のADHDがどのようなもので、なぜ仕事上のつまずきにつながるのかを、具体的に掘り下げていきます。

大人のADHDとは?3つの主な特性

ADHDは、アメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』において、「不注意」「多動性」「衝動性」という3つの主要な特性によって定義される発達障害です。これらの特性は、個別に、あるいは複合的に現れ、日常生活や社会生活にさまざまな影響を及ぼします。

1. 不注意 (Inattention)

「不注意」とは、注意を維持したり、物事に集中したりすることが難しい特性です。これは「やる気がない」のではなく、脳の注意をコントロールする機能がうまく働かないために起こります。職場では、以下のような形で現れることが多くあります。

  • ケアレスミスが多い: 書類作成時の誤字脱字、データ入力の桁間違い、計算ミスなど、細部への注意が抜け落ちやすい。
  • 忘れ物・なくし物が多い: 重要な書類や備品をどこに置いたか忘れる、会議に必要な資料を持っていくのを忘れる。
  • 集中力が続かない: 長時間の会議や単調な作業に集中し続けるのが苦痛。外部の些細な刺激(人の話し声や物音)で、すぐに注意が逸れてしまう。
  • 話を聞いていないように見える: 口頭での指示が頭に入りにくい。電話を受けた際に、相手の名前や要件を聞き忘れることがある。
  • タスクの整理・計画が苦手: 複数の仕事を同時に抱えると、何から手をつければいいか分からなくなり、パニックに陥る。締め切り管理が苦手で、先延ばしにしがち。

これらの失敗体験が重なると、「自分は仕事ができない」という自己否定感につながりやすくなります。

2. 多動性 (Hyperactivity)

「多動性」は、じっとしていることが難しく、常に体を動かしていたいという特性です。子どもの頃は走り回るなどの分かりやすい形で現れますが、大人になると社会的な制約から、より内面的・部分的な動きとして現れることが多くなります。

  • 内的な落ち着きのなさ: 会議中などに貧乏ゆすりをする、ペンを回し続ける、頻繁に足を組み替えるなど、外からは分かりにくいが本人は落ち着かない感覚を抱えている。
  • じっとしていることへの苦痛: 長時間デスクに座っているのが苦痛で、目的もなく立ち歩きたくなる。
  • しゃべりすぎる傾向: 会話が一方的になりがちで、相手が話す隙を与えないことがある。

この特性は、周囲から「落ち着きがない人」という印象を与えたり、本人が集中力を維持する上での妨げになったりします。

3. 衝動性 (Impulsivity)

「衝動性」とは、行動や発言を思いついた瞬間に、結果をよく考えずに行ってしまう特性です。これは、行動を抑制する脳の機能が働きにくいために起こります。

  • 思いつきでの発言: 会議中に人の話を遮って発言したり、相手を傷つける可能性のあることを深く考えずに言ってしまう。
  • 順番を待てない: 列に並ぶことや、会話で自分の番が来るのを待つことが苦手。
  • 衝動的な行動: よく考えずに高価な買い物をしてしまったり、突然仕事を辞めてしまったりするなど、後先を考えない行動をとることがある。

この特性は、職場の人間関係を損なったり、業務の進行を妨げたりする原因となり得ます。しかし、見方を変えれば「行動力がある」「決断が速い」といった強みにもなり得る、両刃の剣のような特性です。

子どもと大人のADHDの違い

ADHDはかつて「子どもの病気」と考えられていましたが、現在では多くの人が成人期まで症状を持ち越すこと、そして大人になって初めて診断されるケースも多いことが分かっています。 子ども時代と成人期では、特性の現れ方や直面する困難が異なります。

子ども時代は、教室で座っていられない、授業中に立ち歩くといった「多動性」が最も目立ちやすい傾向にあります。学校という構造化された環境では、これらの行動が問題として指摘されやすいためです。

一方、大人になると、あからさまな多動性は減少し、代わりに「不注意」が中心的な悩みとなることが多いです。仕事では、タスク管理、時間管理、自己管理といった高度な実行機能が求められます。学生時代は親や教師のサポートで何とかなっていたことも、社会人になるとすべて自分で管理しなければなりません。その結果、これまで潜在的にあった不注意の特性が、仕事のミスやスケジュールの遅延といった形で顕在化し、「仕事ができない」という深刻な困難につながるのです。

また、大人のADHDは、うつ病や不安障害といった他の精神疾患を併発しやすいことも知られています。繰り返される失敗体験によって自尊心が低下し、二次的に心の不調を引き起こしてしまうのです。

診断と向き合い方

「自分はADHDかもしれない」と思ったら、まずは専門の医療機関(精神科、心療内科、メンタルクリニック)に相談することが重要です。インターネットの情報だけで自己判断するのは非常に危険です。似たような症状を示す他の疾患の可能性もあり、正確な診断は専門医による総合的な判断が不可欠です。

診断プロセス

ADHDの診断は、主に『DSM-5』の診断基準に基づいて行われます。診断には、以下の条件を満たす必要があります。

  1. 「不注意」と「多動性・衝動性」の症状が、年齢や発達水準に比して著しく、生活に支障をきたしている。
  2. 症状のいくつかが12歳以前から存在している。
  3. 家庭、学校、職場など、2つ以上の状況で症状が見られる。
  4. 他の精神疾患では、その症状をうまく説明できない。

診断は、問診(現在の困りごと、子どもの頃の様子、生活歴など)、心理検査(知能検査WAIS-Ⅳ、ADHDの症状評価尺度CAARSなど)を通じて総合的に行われます。診断を受けることは、決して「レッテルを貼られる」ことではありません。むしろ、「自分を正しく理解するための第一歩」であり、長年の生きづらさの原因が自分の「性格の弱さ」や「努力不足」ではなかったと知ることで、自責の念から解放され、心が軽くなる人も少なくありません。

診断を受け、適切な治療や対処法を知ることは、ADHDの特性と上手に付き合いながら、自分らしい人生を歩むためのスタートラインに立つことを意味します。次の章では、その具体的な手段として「就労移行支援」がどのように役立つのかを詳しく見ていきましょう。

第一部のキーポイント
  • 大人のADHDの悩みは「不注意」「多動性」「衝動性」という脳の特性に起因し、努力不足ではない。
  • 大人になると「不注意」が中心的な課題となり、自己管理の難しさから仕事でつまずきやすい。
  • 正確な診断は専門医に委ねるべき。診断は自分を理解し、適切な対処法を見つけるための第一歩である。

第二部:【本編】あなたの「強み」を仕事にする。「就労移行支援」徹底活用術

ADHDの特性を理解した上で、次なるステップは「では、どうすれば自分に合った働き方を見つけられるのか?」という問いに答えることです。一人で試行錯誤するのも一つの手ですが、専門家のサポートを受けながら、体系的に就職準備を進めることができる強力な制度があります。それが「就労移行支援」です。

就労移行支援とは?あなたのための「就職予備校」

就労移行支援とは、障害者総合支援法に基づき、障害や難病のある方が一般企業への就職を目指すために利用できる、国が認めた福祉サービスです。 全国に約3,000ヶ所以上の事業所があり、それぞれが特色あるプログラムを提供しています。 分かりやすく言えば、「就職と職場定着に特化した、個別のサポート付きの予備校」のような場所です。

概要

  • 目的:一般企業で働くために必要な知識やスキルを習得し、就職を実現し、その後も長く働き続けること。
  • 利用期間:原則として最長24ヶ月(2年間)。この期間内に、自分に合ったペースで準備を進めます。
  • 対象者:
    • 精神障害、発達障害、身体障害、知的障害、難病などがある方
    • 65歳未満の方
    • 一般企業への就職を希望している方
  • 利用のハードル:多くの方が誤解していますが、障害者手帳の所持は必須ではありません。医師の診断書や、「障害福祉サービス受給者証」の発行につながる意見書があれば、利用できるケースがほとんどです。
  • 費用:前年度の世帯所得に応じて自己負担額が決まりますが、約9割の方が無料で利用しています。

就労移行支援の最大の強みは、その高い就職実績にあります。厚生労働省のデータによると、就労移行支援利用者の就職率は他の福祉サービスと比較して突出して高く、事業所によっては50%を超える実績を報告しています。これは、個別最適化された体系的な支援が、確かな成果に結びついている証拠です。

ADHDの特性を持つあなたに、就労移行支援ができること

では、ADHDの特性を持つ人にとって、就労移行支援は具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。それは単に「仕事を見つける」だけではありません。「自分を理解し、スキルを身につけ、最適な環境を選び、長く働き続ける」という一連のプロセスを、専門家が徹底的にサポートしてくれる点に価値があります。

1. 自己理解の深化(自分の「トリセツ」作り)

多くのADHD当事者が抱える困難の一つは、「自分の特性を客観的に把握できていない」ことです。就労移行支援では、まずここからスタートします。

  • 専門スタッフとの個別面談:精神保健福祉士や臨床心理士などの専門資格を持つ支援員が、あなたのこれまでの経験(成功体験、失敗体験)を丁寧にヒアリングします。
  • 客観的なアセスメント:各種の職業適性検査や、プログラム内での作業の様子を通じて、「どんな作業が得意か」「どんな環境で集中できるか」「どんな時にストレスを感じるか」といった特性を客観的に分析します。
  • 「取扱説明書」の言語化:これらの分析結果を基に、支援員と一緒に「自分の取扱説明書(トリセツ)」を作成します。これは、後の就職活動で企業に自分の特性や必要な配慮を説明する際の強力な武器になります。

このプロセスを通じて、「自分はダメだ」という漠然とした自己否定から、「自分にはこういう得意と苦手がある」という具体的な自己理解へとシフトすることができます。

2. 弱みをカバーし、強みを伸ばすスキル訓練

自己理解が深まったら、次はその特性を踏まえたスキル訓練です。就労移行支援では、一人ひとりの課題に合わせたオーダーメイドのプログラムが組まれます。

  • ビジネス基礎スキル:挨拶、報告・連絡・相談といったビジネスマナーや、Word、Excelなどの基本的なPCスキルを学び、社会人としての土台を固めます。
  • 認知・行動面のトレーニング(対処スキルの習得):ADHDの特性に直接アプローチするプログラムです
    • タスク管理:ToDoリストの作り方、タスクの分解、優先順位付けの方法などを実践的に学びます。
    • 時間管理:ポモドーロ・テクニックの実践や、スケジュール管理ツールの使い方を習得します。
    • ストレスコントロール:自分のストレスサインに気づき、適切に対処する方法を学びます。
    • コミュニケーション訓練:相手の話を適切に聞く「傾聴」や、自分の意見を上手に伝える「アサーション」のトレーニングを行い、対人関係の改善を図ります。

    これらの多くは、第一部で触れた認知行動療法(CBT)の考え方に基づいています。

  • 専門スキル:事業所の特色によっては、より専門的なスキルを身につけることも可能です。例えば、IT・Webデザイン、プログラミング、会計、動画編集など、特定の職種を目指すためのコースが用意されている場合があります。

3. 「あなたに合う」職場を見つける就職活動サポート

準備が整ったら、いよいよ就職活動です。ここでも就労移行支援のサポートは続きます。

  • 求人開拓とマッチング:支援員があなたの特性や希望を理解した上で、ハローワークの障害者求人や事業所が独自に開拓した企業の中から、あなたに合いそうな求人を提案してくれます。
  • 応募書類・面接対策:履歴書や職務経歴書の添削はもちろん、「自分の強み」や「必要な配慮」をポジティブかつ具体的に伝えるための面接練習を繰り返し行います。支援員が面接に同行してくれる場合もあります。
  • 職場実習(インターンシップ):就職前に、候補となる企業で実際に数日間〜数週間働く「職場実習」の機会が提供されます。これにより、「仕事内容が本当に自分に合っているか」「職場の雰囲気はどうか」「通勤は無理なくできるか」などを事前に確認でき、就職後のミスマッチを大幅に減らすことができます。この実習での経験が、就職の決め手になることも少なくありません。

特にADHDの特性を持つ人にとって、求人票の情報だけでは分からない「職場のリアルな環境」を体験できる職場実習は、非常に価値のある機会です。

4. 就職後も安心の「就労定着支援」

就労移行支援のサポートは、就職して終わりではありません。むしろ、「働き続ける」ことこそが真のゴールです。多くの事業所では、就職後に「就労定着支援」という別のサービスに移行し、継続的なサポートを提供します。

  • 期間:就職後、最長で3年間。
  • 内容:月に1回程度の定期的な面談(対面またはオンライン)を通じて、職場で困っていることや生活面での悩みを相談できます。
  • 職場との連携:本人だけでは伝えにくい業務量の調整や環境への配慮について、支援員が企業側との間に入って調整役を担ってくれます。

環境の変化に敏感で、体調や気分の波が出やすい精神・発達障害のある方にとって、この就職後のサポートがあるかないかは、定着率に大きく影響します。実際に、障害を開示して就職した場合の定着率が高いのは、こうしたサポート体制の存在が大きいと言えます。

就労移行支援で未来を切り拓いた先輩たちの事例

理論だけでなく、実際に就労移行支援を利用して、自分らしい働き方を見つけた人々の事例を見てみましょう。これらの事例は、ADHDの特性が「弱点」ではなく、環境次第で「強み」になり得ることを示しています。

事例1:ADHD(多動性・衝動性)× 飲食業スタッフ

Bさん(30代・男性)の物語

課題:前職の事務職では、じっと座っていることが苦痛で集中できず、ケアレスミスも頻発。「落ち着きがない」と注意される毎日で、自己肯定感を失っていました。

就労移行支援での取り組み:支援員との面談で、「体を動かすこと」「人と接すること」が好きだという自分の特性を再発見。タスク管理ツール(ToDoリストやタイマー)の使い方を徹底的に訓練し、ミスの防止策を学びました。職場実習では、動きの多い飲食店のホールスタッフに挑戦し、大きな手応えを感じました。

結果:飲食チェーン店に障害者雇用枠で就職。常に動き回るオープンキッチンや接客の仕事が性に合い、持ち前の行動力が「フットワークが軽い」「元気で明るい」と高く評価されるようになりました。かつての「弱点」が、職場を変えることで「最大の強み」に変わったのです。

事例2:ADHD(不注意)× 事務職(データ入力)

Aさん(20代・女性)の物語

課題:短期のアルバイトを転々。複数の業務を同時に頼まれる「マルチタスク」が苦手で、パニックになっていました。口頭での指示はすぐに忘れてしまい、何度も聞き返すことで関係が悪化することも。

就労移行支援での取り組み:「静かな環境で、一つのことに集中する」作業が得意であると分析。支援プログラムで、指示の受け方(必ずメモを取る、復唱して確認する)や、分からないことを適切に質問するコミュニケーションスキルを訓練しました。模擬面接を繰り返し、自分の特性と必要な配慮を冷静に伝えられるようになりました。

結果:一般企業の事務部門に障害者雇用枠で採用。主な業務はデータ入力や書類のファイリングといった定型的な作業。マルチタスクがほとんど発生しない環境で、持ち前の集中力を発揮し、高い正確性で業務をこなし、職場での信頼を獲得。現在は正社員登用も視野に入れています。「無理に万能になろうとせず、得意なことで貢献する」という働き方を見つけました。

事例3:ASD併存 × 在宅ワーク(ライター)

Cさん(20代・男性)の物語

課題:ADHDに加え、ASD(自閉スペクトラム症)の特性もあり、対人関係の緊張が非常に強い。毎日の通勤やオフィスでの雑談が大きなストレスで、就職活動の面接すら乗り越えられませんでした。

就労移行支援での取り組み:支援員との深い自己分析を通じて、「通勤や人間関係のストレスを最小限にしたい」という希望を明確化。PCスキルが高いことから、在宅で完結できるライティングの仕事を提案されました。オンラインでのコミュニケーション方法や、納期管理のスキルを学び、小さな案件から少しずつ実績を積んでいきました。

結果:就労移行支援事業所の紹介で、業務委託契約の在宅ライターとして独立。自分のペースで働ける静かな環境が特性に完璧にマッチし、今では安定した収入を得ています。「“普通の働き方”にこだわる必要はない」と気づき、自己肯定感を取り戻しました。

これらの事例に共通するのは、①自分の特性を正しく理解し、②苦手なことをカバーする工夫を学び、③得意を活かせる環境を選んだ、という点です。就労移行支援は、この3つのステップを体系的に、そして個別最適化された形でサポートしてくれる、まさに「自分らしいキャリアの伴走者」なのです。

第二部のキーポイント
  • 就労移行支援は、障害のある方の就職と定着を支援する国のサービスで、高い就職実績を持つ。
  • ADHDの特性を持つ人にとって、自己理解の深化、具体的な対処スキルの習得、ミスマッチの少ない職場探し、就職後の定着支援という4つの大きなメリットがある。
  • 障害者手帳がなくても、医師の診断書などで利用できる場合が多く、利用者の多くは無料でサービスを受けている。
  • 成功事例が示すように、特性を「弱点」と捉えず、それを活かせる環境を選ぶことが、キャリア成功の鍵となる。

第三部:明日から実践!ADHD特性と上手に付き合う仕事術と環境づくり

就労移行支援のような専門機関のサポートは非常に強力ですが、同時に、日常生活や職場で自分自身でできる工夫を身につけることも、ADHDの特性と上手に付き合っていくためには不可欠です。この章では、セルフマネジメント術と、職場に協力を求める「合理的配慮」という2つの側面から、具体的なテクニックを紹介します。

セルフマネジメント術:自分でできる工夫

ADHDの特性による困難は、多くの場合、脳の「実行機能(計画、整理、実行を管理する能力)」の弱さに関連しています。そこで、この機能を外部のツールや仕組みで補う「外部化」が非常に有効な戦略となります。

タスク管理:頭の中を「見える化」する

ADHDの脳は、多くの情報を同時に頭の中に保持するのが苦手です。やるべきことをすべて書き出し、脳のメモリを解放しましょう。

  • ToDoリストの作成と細分化:「企画書を作成する」といった大きなタスクは、それ自体がプレッシャーになります。「①競合調査」「②構成案作成」「③データ収集」「④ドラフト作成」のように、具体的な小さなステップに分解することで、着手しやすくなります。
  • 優先順位と所要時間を書き込む:各タスクに「A(最優先)」「B(今日中)」「C(今週中)」といった優先順位をつけ、かかる時間の見積もりも書き込みます。時間の見積もりが苦手な場合は、最初は多めに見積もるのがコツです。
  • タスク管理アプリの活用:手帳も良いですが、リマインダー機能や繰り返し設定ができるデジタルツールはADHDの特性と好相性です。
    • ClickUp: タスク管理、ドキュメント、目標設定など、オールインワンの多機能ツール。カスタマイズ性が高く、ADHD向けのテンプレートも用意されています。
    • HEROアシスタント: カレンダー、ToDo、ルーチン、ノートが一体化したアプリ。「絶対アラーム」機能はマナーモードでも通知し、音声AIでのタスク追加も可能。ADHD当事者の「うっかり忘れ」を防ぐ工夫が満載です。
    • ATracker: ワンタップでタスクの開始・終了を記録できるタイムトラッカーアプリ。自分が何にどれだけ時間を使っているかを可視化でき、時間感覚を養うのに役立ちます。

時間管理:時間の流れを「体感」する

集中しすぎると時間を忘れ(過集中)、集中できないとあっという間に時間が過ぎる。この時間感覚のズレを補正する工夫を取り入れましょう。

  • ポモドーロ・テクニック:「25分集中して作業し、5分休憩する」というサイクルを繰り返す時間管理術です。短い時間設定が集中力を維持しやすく、強制的な休憩が過集中による燃え尽きを防ぎます。Brain Focusのような専用アプリも便利です。
  • タイマーやアラームの徹底活用:スマートフォンのアラームやキッチンタイマーを使い、「15分後にメールをチェックする」「1時間後に休憩する」など、行動の区切りを音で知らせるようにします。これにより、タスクの切り替えがスムーズになります。

環境調整:注意を逸らす刺激を「遮断」する

不注意の特性は、外部からの刺激に大きく影響されます。集中できる環境を物理的に作り出すことが重要です。

  • ノイズキャンセリングイヤホンの使用:周りの話し声や雑音が気になる場合、非常に効果的です。音楽を聴かなくても、装着するだけで静かな環境を作り出せます。
  • デスク周りの整理整頓:視界に入る情報が多いと、注意が散漫になります。机の上には今使っている仕事道具以外は置かない、というルールを徹底しましょう。
  • スマートフォンの通知オフ:作業中は、緊急性のないアプリの通知はすべてオフに。注意を奪う最大の要因を自ら断ち切りましょう。

「合理的配慮」を味方につける:職場で求めることができるサポート

セルフマネジメントだけでは限界がある場合、職場に協力を求めることも正当な権利です。その根拠となるのが「合理的配慮」という考え方です。

合理的配慮とは?

合理的配慮とは、障害のある人が障害のない人と平等に機会を得られるよう、職場や社会が提供するべき「個別の調整や変更」のことです。2021年に障害者差別解消法が改正され、2024年4月1日から、民間企業においても合理的配慮の提供が法的義務となりました。 これは、企業が「過重な負担」にならない範囲で、障害のある従業員からの申し出に基づき、働きやすくするための工夫を提供しなければならない、ということを意味します。

重要なのは、この合理的配慮を求める権利は、障害者手帳の有無だけで決まるものではないという点です。医師の診断書など、障害の存在を客観的に証明できる資料があれば、相談・要求することが可能です。

ADHDの人が依頼できる配慮の具体例

ADHDの特性に合わせて、以下のような配慮を求めることが考えられます。

配慮を求める領域 具体的な配慮の例 ADHDのどの特性に対応するか
指示の受け方 ・口頭だけでなく、チャットやメールなど文字で指示をもらう。
・一度に複数の指示ではなく、一つずつタスクを依頼してもらう。
・指示内容を復唱して確認する時間を設けてもらう。
不注意(記憶の弱さ、聞き漏らし)
業務の進め方 ・タスクの優先順位を明確に示してもらう。
・ミスを防ぐためのダブルチェック体制を組んでもらう。
・業務手順を明記したマニュアルを作成・共有してもらう。
不注意(計画性の弱さ、ケアレスミス)
作業環境 ・集中が必要な作業の際、パーテーションで区切られた席や空いている会議室の使用を許可してもらう。
・業務中のノイズキャンセリングイヤホンの使用を許可してもらう。
不注意(注意散漫)、感覚過敏
勤務時間・形態 ・通院のための定期的な休暇や中抜けを認めてもらう。
・通勤ラッシュを避けるための時差出勤を許可してもらう。
・在宅勤務の導入を検討してもらう。
多動性(通勤のストレス)、衝動性(体調の波)

上手な伝え方:「困ります」から「こうすればできます」へ

合理的配慮を求める際に最も重要なのは、「建設的な対話」です。単に「これができません、困ります」と訴えるだけでは、職場側もどう対応していいか分からず、対立を生む可能性があります。

ポイントは、「〇〇という特性のため、△△が苦手です。しかし、□□という配慮をいただければ、業務を遂行できます」というように、課題と解決策をセットで提案することです。これにより、企業側も前向きに検討しやすくなります。

この「自分の特性と必要な配慮」を整理し、企業と共有するための公的なツールとして「就労パスポート」があります。これは、厚生労働省が作成した情報共有ツールで、自分の障害特性やアピールポイント、希望する配慮などを支援機関と一緒に整理し、就職活動や就職後の面談で活用することができます。

セルフマネジメントと合理的配慮は、いわば車の両輪です。自分でできる工夫を最大限行い、それでも難しい部分について職場の理解と協力を得る。このバランスを取ることが、ADHDの特性と共存しながら、安定して働き続けるための鍵となります。

第三部のキーポイント
  • ADHDの特性による困難は、タスク管理アプリや時間管理術を用いて脳の機能を「外部化」することで軽減できる。
  • 集中できる環境を物理的に作る(ノイズ遮断、整理整頓)ことも、セルフマネジメントの重要な一環である。
  • 「合理的配慮」は法律で定められた労働者の権利であり、企業には提供義務がある。手帳がなくても相談可能。
  • 配慮を求める際は、「できない」と訴えるだけでなく、「こうすればできる」という代替案をセットで提案する建設的な対話が重要。

第四部:一人で悩まないための支援ネットワークと最新情報

これまでの章で、ADHDの特性理解、就労移行支援の活用、そして自己管理術について詳しく見てきました。しかし、あなたのキャリアを支えるリソースはこれだけではありません。社会には、さまざまな形であなたをサポートしてくれる支援機関のネットワークが存在します。また、制度も常に進化しています。この章では、就労移行支援以外の相談先と、2025年から本格始動する注目の新制度「就労選択支援」について解説します。

就労移行支援以外の頼れる相談先

就労移行支援は非常に強力なサービスですが、利用する前の段階や、就職後の異なるフェーズで役立つ機関もたくさんあります。これらの機関は互いに連携しており、あなたの状況に応じて最適な場所を紹介してくれます。

ハローワーク(公共職業安定所)の障害者専門窓口

最も身近な公的就職支援機関です。全国のハローワークには障害のある方向けの専門窓口が設置されており、専門の相談員が対応してくれます。特に「精神・発達障害者雇用サポーター」が配置されている窓口では、ADHDなどの特性を理解した上でのきめ細かな支援が期待できます。

  • 主な支援内容:障害者雇用枠の求人紹介、応募書類の添削、模擬面接、採用面接への同行、就職後の相談など。
  • 利用のタイミング:「まずはどんな求人があるか知りたい」「すぐに就職活動を始めたい」という場合に適しています。また、就労移行支援などの福祉サービスを紹介してもらうための最初の相談窓口としても機能します。

地域障害者職業センター

各都道府県に最低1ヶ所設置されている、より専門的な職業リハビリテーションを提供する機関です。ハローワークや福祉施設と連携し、専門性の高い支援を行っています。

  • 主な支援内容:
    • 職業評価:詳細な検査や作業を通じて、あなたの職業的な能力、適性、課題を客観的に評価してくれます。「自分がどんな仕事に向いているか分からない」という場合に非常に役立ちます。
    • 職業準備支援:ビジネスマナーやコミュニケーションスキル向上のためのプログラムを提供します。
    • ジョブコーチ(職場適応援助者)支援:就職後の職場に専門の支援員(ジョブコーチ)が訪問し、あなたと企業の間の橋渡し役となって、仕事の進め方や人間関係の調整をサポートしてくれます。これは、職場にスムーズに適応するために非常に効果的な支援です。
    • リワーク支援:精神的な不調で休職している方向けの、復職支援プログラムも実施しています。
  • 利用のタイミング:「自分の適性を専門的に評価してほしい」「就職後の定着に不安があり、ジョブコーチの支援を受けたい」という場合に相談すると良いでしょう。

障害者就業・生活支援センター(通称:なかぽつ)

その名の通り、「就業」と「生活」の両面から一体的な支援を提供してくれる、地域に密着した相談窓口です。全国に330ヶ所以上設置されています。

  • 主な支援内容:
    • 就業支援:職場実習のあっせん、就職活動のサポート、就職後の定着支援など。
    • 生活支援:金銭管理、健康管理、住居に関する相談など、安定して働き続けるために不可欠な生活基盤を整えるためのサポートを行います。ADHDの特性上、金銭管理や生活リズムの乱れに悩む方も多いため、この生活面のサポートは非常に重要です。
  • 利用のタイミング:仕事の悩みだけでなく、生活全般にわたる不安を抱えている場合に、ワンストップで相談できる心強い存在です。

ADHD当事者にとってのメリット

この新制度は、特にADHDの特性を持つ人にとって大きなメリットがあります。

  • 衝動的な進路決定の防止:「早く何とかしなきゃ」という焦りから、自分に合わない事業所や職場を選んでしまう衝動性を、客観的なアセスメント期間を置くことで抑制できます。
  • 自己理解の促進:自分の特性を、実際の「作業」という具体的な場面を通して理解することができます。これは、面談だけで自己分析するよりも、はるかに深い気づきにつながります。
  • 在学中からの利用:特別支援学校などに在学中の高校生も利用できます。卒業後の進路を早期から具体的に考えることができ、スムーズな社会移行につながります。

今後の流れ

2025年10月以降、新たに就労継続支援B型を利用したい人は、原則としてこの就労選択支援を利用することになります。その後、2027年4月以降には、就労継続支援A型や、標準利用期間を超えて就労移行支援を利用したい人にも、原則利用が拡大される予定です。 これから就労支援の利用を考える方は、ぜひこの新しい制度の動向に注目してください。

第四部のキーポイント
  • 就労移行支援以外にも、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなど、多様な支援機関が存在し、連携している。
  • 自分の状況やニーズに合わせて、「まずは求人探し」「専門的な適性評価」「生活面の相談」など、適切な相談先を選ぶことができる。

まとめ:特性は「弱点」から「個性」へ。あなたらしいキャリアの第一歩を踏み出そう

「仕事が続かない」「ミスばかりしてしまう」——この記事を読み始める前のあなたは、そんな悩みを一人で抱え、自分を責めていたかもしれません。しかし、ここまで読み進めてきた今、その悩みの正体が「努力不足」ではなく「ADHDという脳の特性」であること、そして、その特性と上手に付き合いながら働くための具体的な方法が数多く存在することを、ご理解いただけたのではないでしょうか。

最後に、あなたらしいキャリアの第一歩を踏み出すために、本記事の要点を改めて確認し、未来への希望を共に描いていきましょう。

要点の再確認

  • 特性の理解がすべての始まり:大人のADHDによる仕事の困難は、「不注意」「多動性」「衝動性」という特性を正しく理解し、その影響を客観的に分析することから解決への道が開けます。それは「弱点」ではなく、あなたの「個性」の一部です。
  • 就労移行支援は強力な伴走者:国の福祉サービスである就労移行支援は、自己理解の深化、弱みを補うスキルの習得、強みを活かす職場とのマッチング、そして就職後の定着まで、あなたのキャリアジャーニーをトータルでサポートしてくれる心強いパートナーです。障害者手帳がなくても利用できる可能性があり、多くの人が無料で活用しています。
  • 働きやすい環境は「作る」もの:タスク管理アプリの活用やポモドーロ・テクニックといったセルフケア、そして職場に協力を求める「合理的配慮」の活用は、働きやすい環境を自ら能動的に作り出すための重要なツールです。2024年4月からは企業側の配慮提供が義務化され、あなたの権利は法的に守られています。
  • あなたは一人ではない:ハローワーク、地域障害者職業センター、そして2025年10月から始まる新制度「就労選択支援」など、あなたを支える社会のネットワークは想像以上に広く、厚いものです。一人で抱え込まず、これらのリソースを積極的に活用してください。

エンパワメント:未来への一歩を踏み出すあなたへ

ある就労移行支援を経てキャリアを築いた方は、こう語っています。「かつては、はたらくことは辛いことで、自分はそれができないダメな存在だと思っていました。でも今は、サポートがあれば自分ははたらけると分かった。社会に居場所ができたことで、自信と安心につながっています」。

あなたの特性を悲観する必要は、もうありません。大切なのは、自分の特性を活かせない場所で苦しみ続けるのではなく、それを「ユニークな才能」として評価してくれる場所を探すという視点の転換です。衝動性は「決断力」に、注意散漫は「多様な視点」に、過集中は「驚異的な専門性」に変わり得ます。あなたに合う場所は、必ずどこかに存在します。

この記事を読んで、少しでも心が動いたなら、ぜひ小さな一歩を踏み出してみてください。それは、近所の就労移行支援事業所に電話して「見学したいのですが」と伝えることかもしれません。あるいは、ハローワークの専門窓口に相談の予約を入れることかもしれません。その小さな行動が、あなたの未来を大きく変える、最初のきっかけになるはずです。

「自分のように変われることができるから」ということを、機会があれば伝えたい。自分が発症したときのこと、就職するまでのこと、就職してから長くはたらく工夫を伝えることによって、結果障害者雇用に貢献できればと考えています。

これは、困難を乗り越えた先輩からの、あなたへのエールです。多くの支援者や、同じような特性を持つ仲間たちが、あなたの挑戦を待っています。特性を「個性」に変え、あなただけのキャリアを、今日から、ここから、築き始めていきましょう。

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