近年、障害者雇用を取り巻く環境は大きく変化しています。2024年4月には民間企業の法定雇用率が2.5%に引き上げられ、さらに2026年7月には2.7%となる予定です。これにより、特に精神障害や発達障害のある方の雇用機会は拡大傾向にありますが、同時に「自分に合った仕事が見つからない」「働き始めても長続きしない」といった課題も浮き彫りになっています。
このような状況の中、障害のある方一人ひとりが自分らしいキャリアを築くための支援制度の重要性が増しています。その代表的なものが、障害者総合支援法に基づく「自立訓練(生活訓練)」と「就労移行支援」です。
これらのサービスは、単に仕事を見つけるだけでなく、その前段階である生活基盤の安定から、就職後の職場定着までをトータルでサポートすることを目的としています。本記事では、精神・発達障害のある方がこれらのサービスをどのように活用し、自分らしい働き方を見つけることができるのか、具体的な内容から選び方、手続きまでを網羅的に解説します。
「自立訓練」や「就労移行支援」は、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」に基づいて提供される公的な福祉サービスです。この法律は、障害のある方が個人の尊厳にふさわしい生活を営めるよう、総合的な支援を行うことを目的としています。
障害者総合支援法における就労関連のサービスは、利用者の状況や目的に応じて主に5つに分類されます。それぞれのサービスがどのような役割を担っているのかを理解することで、自分に必要な支援を見つけやすくなります。
これらのサービスは、それぞれ独立しているわけではなく、段階的に利用したり、連携したりすることが可能です。例えば、まずは生活リズムを整えるために「自立訓練」を利用し、次に「就労移行支援」で就職準備を進め、就職後は「就労定着支援」でフォローを受ける、といったステップを踏むことができます。
2025年10月から、新たに「就労選択支援」というサービスが開始されます。これは、就労移行支援や就労継続支援といったサービスを新たに利用する際に、原則として受けることが必須となるものです。
このサービスの目的は、サービスのミスマッチを防ぐことにあります。利用希望者本人の障害特性、能力、希望などを専門家が客観的に評価(アセスメント)し、実際の事業所での短期間の就労体験などを通じて、「どの働き方や支援サービスが最も適しているか」を一緒に見極めていきます。これにより、利用者はより納得感を持って自分に合った道を選択できるようになります。
「すぐに働くのは不安」「まずは生活リズムを整えたい」と感じる方にとって、最初のステップとなるのが「自立訓練(生活訓練)」です。このサービスは、就職活動を始める前の「土台づくり」を目的としています。
自立訓練(生活訓練)の最大の目的は、障害のある方が自立した日常生活を送るために必要な能力を向上させることです。就職を目指す「就労移行支援」とは異なり、生活能力の維持・向上に重点を置いています。
主な対象者
・長期間入院やひきこもり生活を送っており、地域生活への移行に不安がある方
・生活リズムが不規則で、安定した通所が難しい方
・金銭管理や家事など、日常生活のスキルに課題を感じている方
・対人関係に苦手意識があり、コミュニケーションの基礎から学びたい方
以前は対象となる障害が限定されていましたが、現在では精神障害、発達障害、知的障害、身体障害、難病など、障害種別を問わず利用が可能です。利用期間は原則として最長2年間です。
提供されるプログラムは事業所によって様々ですが、主に以下のような訓練が行われます。一人ひとりの課題や目標に合わせて個別支援計画が作成され、それに沿って支援が進められます。
自立訓練には「生活訓練」のほかに「機能訓練」があります。両者の違いは、支援の焦点にあります。生活訓練が日常生活全般のスキル向上を目指すのに対し、機能訓練は理学療法士や作業療法士などの専門職が関わり、身体機能の維持・回復を目的としたリハビリテーションが中心となります。
生活基盤が整い、「働きたい」という意欲が具体的になった方が次に利用を検討するのが「就労移行支援」です。このサービスは、一般企業への就職と、その後の職場定着をゴールとしています。
就労移行支援は、障害のある方が一般企業で働くために必要な知識やスキルを習得し、就職活動を経て、職場に定着するまでを総合的にサポートするサービスです。
主な対象者
・18歳以上65歳未満の方
・精神障害、発達障害、知的障害、身体障害、難病などがあり、一般企業への就職を希望している方
・現在、企業に雇用されていない方(※自治体の判断により例外あり)
利用期間は自立訓練と同様、原則として最長2年間です。この期間内に、就職準備から就職活動、そして就職後の定着支援までを行います。
就労移行支援事業所では、就職に必要なスキルを体系的に学ぶための多様なプログラムが提供されています。特に精神・発達障害のある方向けに、特性に配慮したプログラムを用意している事業所も多くあります。
支援内容は、大きく「ライフスキル」「ソフトスキル」「ハードスキル」の3階層で捉えることができます。安定して働くためには、専門的な「ハードスキル」だけでなく、その土台となる「ライフスキル」(健康管理や自己理解)や、「ソフトスキル」(コミュニケーションやビジネスマナー)をバランス良く身につけることが不可欠です。
【発達障害の方におすすめのプログラム例】
「就労移行支援を利用して、本当に就職できるのか?」という点は最も気になるところでしょう。厚生労働省のデータによると、就労移行支援を経て一般就労に至る人の割合は年々増加傾向にあります。
また、単に就職するだけでなく、「長く働き続けられるか」という点も重要です。就職後1年時点での職場定着率を見ると、障害種別によって差はあるものの、多くの人が働き続けていることがわかります。特に発達障害のある方の定着率は71.5%と高い水準にあります。これは、就職前の準備だけでなく、就職後の「定着支援」が効果を発揮していることを示唆しています。
自分にとってどちらのサービスが適しているのか、迷う方も多いでしょう。ここでは、サービスの選び方と、両者を効果的に連携させる方法について解説します。
どちらのサービスから始めるべきか、以下のチェックリストを参考に自身の状況を振り返ってみましょう。
| こんな方には… | おすすめのサービス | 主な目的 |
|---|---|---|
|
自立訓練(生活訓練) | 生活基盤の安定、社会生活への準備 |
|
就労移行支援 | 一般企業への就職、職場定着 |
簡単に言えば、「生活を整える」のが自立訓練、「就職を目指す」のが就労移行支援です。まずは自分の現在地を確認し、無理のないステップを選ぶことが大切です。
自立訓練と就労移行支援は、段階的に利用することで大きな相乗効果が期待できます。これを「ステップアップ利用」と呼びます。
例えば、まず自立訓練を1年間利用して、生活リズムの安定とコミュニケーションの基礎を築きます。その後、就労移行支援に切り替えて、本格的な職業訓練と就職活動に取り組む、という流れです。
この方法の最大のメリットは、焦らずに自分のペースで就職準備を進められる点にあります。自立訓練と就労移行支援はそれぞれ原則2年まで利用できるため、合計で最大4年間の支援期間を確保できます。「2年間で就職できるか不安」という方でも、じっくりと土台を固めてから次のステップに進むことで、就職後の定着率を高めることにも繋がります。
サービスの利用を決めたら、次は自分に合った事業所を探すステップです。全国には数多くの事業所があり、それぞれに特色があります。ミスマッチを防ぐためにも、慎重な事業所選びが重要です。
事業所を探す方法は、主に以下の3つです。複数の方法を組み合わせることをお勧めします。
気になる事業所が見つかったら、以下のポイントを比較検討しましょう。特に重要なのは、実際に見学・体験してみることです。
最後に、サービスの利用に必要な手続きと費用について解説します。公的なサービスであるため、手続きは少し複雑に感じるかもしれませんが、多くの場合は事業所のスタッフがサポートしてくれます。
サービスの利用開始までの大まかな流れは以下の通りです。自治体によって多少異なりますので、詳細は窓口で確認してください。
申請から受給者証が交付されるまでには、1ヶ月前後かかるのが一般的です。
結論から言うと、自立訓練や就労移行支援の利用に障害者手帳は必須ではありません。医師の診断書や意見書があれば、「障害福祉サービス受給者証」を申請し、サービスを利用することが可能です。
ただし、障害者手帳を持っていると、以下のようなメリットがあります。
一般企業への就職を目指す上で、障害への配慮を受けやすい「障害者雇用枠」での応募を考えている場合は、手帳の取得を検討すると良いでしょう。
これらの福祉サービスの利用料は、9割を国と自治体が負担し、利用者の自己負担は原則1割です。さらに、世帯の所得に応じて月ごとの負担上限額が定められているため、多くの方の負担は少額になります。
厚生労働省の定める区分によると、住民税非課税世帯(前年の収入がおおむね300万円以下など)の方は自己負担0円で利用できます。実際に、就労移行支援利用者の9割以上が自己負担なしで利用しているというデータもあります。
| 区分 | 世帯の収入状況 | 月額負担上限額 |
|---|---|---|
| 生活保護 | 生活保護受給世帯 | 0円 |
| 低所得 | 市町村民税非課税世帯 | 0円 |
| 一般1 | 市町村民税課税世帯(所得割16万円未満) ※収入が概ね670万円以下の世帯 |
9,300円 |
| 一般2 | 上記以外 | 37,200円 |
利用中の生活費に不安がある場合は、社会福祉協議会が実施する「生活福祉資金貸付制度」などの利用も検討できます。一人で抱え込まず、事業所や市区町村の窓口に相談してみましょう。
精神障害や発達障害を抱えながら働くことには、多くの不安や困難が伴うかもしれません。しかし、社会にはあなたの「働きたい」という気持ちを支えるための様々な制度が用意されています。
これらのサービスは、どちらか一方を選ぶだけでなく、自立訓練で自信をつけてから就労移行支援へステップアップするという使い方も可能です。大切なのは、自分の現在の状況を客観的に見つめ、無理のない一歩を踏み出すことです。
この記事を読んで少しでも興味を持った方は、まずはお住まいの市区町村の福祉窓口や、気になる事業所に相談することから始めてみてください。専門家のサポートを受けながら、あなたに合った道筋を見つけることが、自分らしい働き方を実現するための確かな第一歩となるはずです。