「なぜか周りと上手くコミュニケーションが取れない」「ケアレスミスを厳しく叱責され、会社に行くのが怖い」「一度就職したけれど、早期退職してしまった…」。
うつや発達障害（ADHD、ASD）などの特性が原因で、社会に馴染めず、このような悩みを抱えている方は少なくありません。「次こそは、無理なく長く働きたい」と願いながらも、人間関係、特に苦手な同僚との関わり方に不安を感じているのではないでしょうか。
この記事では、そんなあなたが自分を守り、心穏やかに働くために不可欠な「苦手な同僚との距離の取り方」について、具体的な方法を深く掘り下げて解説します。
なぜ「苦手な同僚」が生まれるのか？特性がもたらすコミュニケーションの壁
「あの人は苦手だ」と感じる背景には、単なる性格の不一致だけではなく、あなた自身の特性と相手の言動との間に生じる「すれ違い」が大きく影響している場合があります。まずはその原因を理解することで、客観的に状況を捉え、対策を立てやすくなります。
認知特性の違いによる誤解
発達障害やうつの特性は、コミュニケーションのスタイルに大きく影響します。自分にとっては自然な言動が、相手には意図せず誤解されてしまうことがあります。
- ADHD（注意欠如・多動症）の特性から：
話の途中で別のアイデアが浮かんで発言してしまったり（衝動性）、相手の話を最後まで集中して聞くのが難しかったり（不注意）することがあります。これは相手から見ると「話を遮る失礼な人」「人の話を聞かない人」と映ってしまう可能性があります。
- ASD（自閉スペクトラム症）の特性から：
言葉を文字通りに受け取るため、皮肉や冗談が通じにくかったり、場の空気を読むことが苦手だったりします。また、思ったことを正直に伝えすぎるあまり、「配慮がない」「空気が読めない」と相手を不快にさせてしまうことがあります。
- うつ病の特性から：
思考力や集中力が低下し、反応が遅くなったり、ネガティブな思考に陥りやすくなったりします。これが周囲には「やる気がない」「付き合いが悪い」と見なされ、孤立の原因になることもあります。
重要なのは、これらのすれ違いはどちらかが一方的に悪いわけではないということです。異なるOSを搭載したPC同士がデータをやり取りするようなもので、互いの「仕様」を理解しないとエラーが起きやすいのです。
感覚過敏・鈍麻が引き起こすストレス
特定の感覚が極端に鋭い「感覚過敏」も、人間関係のストレス要因になります。例えば、以下のような状況です。
- 同僚の大きな話し声や笑い声が、頭に突き刺さるように痛い（聴覚過敏）
- 隣の席の人の香水や柔軟剤の匂いで、気分が悪くなる（嗅覚過敏）
- 頻繁に肩を叩かれたり、体に触れられたりするのが苦痛（触覚過敏）
これらの感覚的な苦痛は、その同僚自身を「苦手」だと認識させる直接的な原因になります。これは個人の好き嫌いではなく、生理的な防衛反応に近いものです。
過去の経験（トラウマ）と防衛反応
過去の職場で叱責されたり、いじめられたりした経験は、心に深い傷を残します。その結果、新しい職場でも他人の言動に過敏になり、些細なことでも「また攻撃されるのではないか」と身構えてしまうことがあります（防衛反応）。
例えば、同僚が何気なく「この資料、ちょっと確認してくれる？」と言っただけでも、「自分のやり方が信用されていないんだ」「またミスを指摘されるんだ」とネガティブに解釈してしまうケースです。
このように、現在の「苦手」という感情は、過去のトラウマが引き金になっている可能性も考慮する必要があります。
物理的・心理的な「距離」を作るための7つの実践的ステップ
原因を理解した上で、ここからは自分を守るための具体的なアクションプランです。「距離を置く」というと冷たい印象があるかもしれませんが、これは自分と相手の間に健全な境界線を引くためのスキルです。攻撃でも無視でもなく、自分を安定させるための大切な工夫と捉えましょう。
ステップ1：物理的な距離を確保する
最もシンプルで効果的な方法です。視界に入ったり、声が聞こえたりするだけでストレスを感じる相手とは、物理的に離れる工夫をしましょう。
- 座席の工夫：可能であれば、上司や人事に相談し、苦手な同僚から離れた席に移動させてもらう。フリーアドレス制の場合は、意識的に遠い場所を選ぶ。
- 休憩時間の活用：休憩時間を少しずらしたり、休憩場所を変えたりして、顔を合わせる機会を減らす。
- 「見えない壁」を作る：デスクに小さなパーテーションや観葉植物を置く、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンを着ける（音楽を聴かなくてもOK）など、心理的な壁を作ることで話しかけられにくくする効果があります。
ステップ2：コミュニケーションを「業務上必要最低限」に絞る
すべての同僚と親しくなる必要はありません。「仕事仲間」として、業務に必要なコミュニケーションに限定する意識を持ちましょう。
- 挨拶はきちんと：社会人としてのマナーである挨拶（「おはようございます」「お疲れ様です」）は、感情を込めずに機械的にでも行いましょう。これにより、「無視された」という余計なトラブルを避けられます。
- 雑談は上手に切り上げる：業務に関係のない話が始まったら、「すみません、この作業を15時までに終えないといけないので…」「急ぎのメールを返信しますね」など、業務を理由にして丁寧に会話を終える練習をしましょう。
- 連絡はツールを活用：直接話すと感情的になりやすい場合や、話が長くなりがちな相手には、チャットやメールを積極的に活用します。文章でのやり取りは、感情的な反応を挟む前に一呼吸置けるだけでなく、指示や依頼の記録が残るというメリットもあります。
ステップ3：感情の境界線を引く（アサーティブ・コミュニケーション）
相手の機嫌や感情に、自分の心が振り回されないように「感情の境界線」を引くことが重要です。相手の課題と自分の課題を切り離して考えましょう。
- 「私」を主語にする：相手の言動に不快感を覚えたとき、「（あなたは）なぜそんな言い方をするんですか？」と相手を主語にすると攻撃的になります。そうではなく、「（私は）そのように言われると、少し威圧的に感じてしまいます」と「私」を主語にして自分の気持ちを伝える（アイ・メッセージ）ことで、相手も受け入れやすくなります。
- 相手の感情は相手のもの：同僚がイライラしていても、「私のせいだろうか」と過剰に背負い込む必要はありません。「何か大変なことがあるんだな」と客観的に捉え、自分の感情とは切り離しましょう。
ステップ4：情報の共有をコントロールする
特にプライベートな情報や、自身の病気や障害に関する詳細な情報を、信頼関係が築けていない相手に話すのは避けましょう。情報が意図せず広まったり、弱みとして利用されたりするリスクを防ぐためです。話す相手は慎重に選び、共有する情報も「業務上必要な配慮を求める範囲」に留めるのが賢明です。
ステップ5：ポジティブな関係にフォーカスする
苦手な一人の同僚に意識を向けすぎると、職場全体が敵であるかのように感じてしまいます。そうではなく、職場の中にいる「話せる人」「信頼できる人」に意識を向け、その人との関係を大切にしましょう。たとえ一人でも味方がいると思えるだけで、心の負担は大きく軽減されます。
ステップ6：「役割」に徹する意識を持つ
職場での自分を「〇〇社の△△担当」という「役割（ロール）」だと捉え、その役割を演じる意識を持つことも有効です。俳優が役を演じるように、個人的な感情を一旦横に置き、「担当者」として淡々と業務をこなすことに集中します。これにより、相手の言動を個人的に受け止めすぎず、ダメージを減らすことができます。
ステップ7：自分の感情を客観視する（セルフモニタリング）
苦手な同僚とのやり取りで強いストレスを感じたら、その場で反応せず、一度その場を離れて深呼吸しましょう。そして、「今、自分は怒りを感じているな」「不安になっているな」と自分の感情を実況中継するように客観視（モニタリング）します。感情に名前をつけるだけで、感情の渦に飲み込まれにくくなります。
一人で抱え込まないで。会社や第三者に相談するタイミングと方法
個人の工夫だけでは解決が難しい状況もあります。自分の心身を守るためには、適切なタイミングで他者の助けを求める勇気も必要です。決して一人で抱え込まないでください。
相談を検討すべきサイン
以下のような状況が見られたら、それは専門家や会社に相談すべきサインです。
- 相手の言動が、業務上の指導の範囲を逸脱したハラスメント（いじめ、嫌がらせ）に該当する場合。
- ストレスが原因で、不眠、食欲不振、動悸、涙が止まらないなど、心身に明らかな不調が出ている場合。
- 業務に必要な情報を与えられない、無視されるなど、仕事の遂行が明らかに妨害されている場合。
- 休日もその同僚のことで頭がいっぱいで、心が休まらない場合。
誰に、どのように相談するか
相談先にはいくつかの選択肢があり、それぞれにメリット・デメリットがあります。
- 直属の上司：
最も身近な相談相手です。チーム内の状況を把握しており、席替えや業務分担の変更など、直接的な対応を期待できます。ただし、上司自身が問題の同僚と親しい場合や、問題への理解がない場合は、相談が難しいこともあります。
【相談のコツ】感情的に訴えるのではなく、「〇月〇日、〇〇さんからこのように言われ、△△の業務に集中できず支障が出ています」など、事実と業務への影響をセットで具体的に伝えましょう。
- 人事部・コンプライアンス窓口：
会社の公式な相談窓口です。ハラスメント問題などに対応する専門知識があり、客観的な立場で対応してくれます。プライバシーも守られます。
【相談のコツ】いつ、どこで、誰が、何を、どのようにしたか、を記録した客観的な証拠（メール、チャット履歴、メモなど）を準備しておくと、話がスムーズに進みます。
- 産業医・社内カウンセラー：
心身の不調が出ている場合に、まず相談したい相手です。医師やカウンセラーという専門的な立場から、守秘義務を守りつつ話を聞いてくれます。直接的な解決はできなくても、会社への働きかけ（就業上の配慮に関する意見書など）を検討してくれる場合があります。
- 外部の支援機関：
社内での相談が難しい場合は、外部の機関を頼ることもできます。各都道府県にある「労働局」の総合労働相談コーナーや、発達障害者支援センター、就労移行支援事業所など、専門的な知識を持つ機関が相談に乗ってくれます。
まとめ：自分を守り、長く働くために
苦手な同僚との付き合いは、多くのエネルギーを消耗します。特に、うつや発達障害の特性を抱えている方にとっては、それがキャリアを継続する上での大きな障壁となり得ます。
しかし、適切な「距離の取り方」を身につけることで、その負担を大きく減らすことが可能です。
- 原因を理解する：自分の特性と相手の言動の「すれ違い」が原因であることを知り、自分を責めない。
- 境界線を引く：物理的・心理的な境界線を意識し、業務上必要な関わりに限定するスキルを実践する。
- 一人で抱えない：個人の努力で限界を感じたら、ためらわずに上司や人事、専門機関に相談する。
あなたには、安心して働ける環境で自分の能力を発揮する権利があります。今回ご紹介した方法を「自分を守るための大切なツール」として、ぜひ一つでも試してみてください。無理なく、あなたらしく働き続けられる未来への第一歩となるはずです。
