「ケアレスミスでよく叱られる」「職場の人間関係になじめない」「頑張っているのに、なぜかうまくいかない…」
うつやADHD、ASDなどの特性が原因で、このような悩みを抱え、早期退職を経験された方も少なくないでしょう。次の職場では「無理なく、長く働きたい」と願うのは当然のことです。その願いを叶えるための最も重要な鍵の一つが、「職場でのコミュニケーション」です。
この記事では、発達障害の特性を持つ方が職場で直面しがちなコミュニケーションの壁を乗り越え、安心して働き続けるための具体的な「基本ルール」と実践的な方法を、深く掘り下げて解説します。
「コミュニケーション能力が低い」と一言で片付けられがちですが、その背景には発達障害の特性が大きく影響しています。まずは、ご自身の困難がどこから来るのかを理解し、客観的に捉えることから始めましょう。
ASDの特性を持つ方は、論理的で実直なコミュニケーションを好む一方で、社会的な暗黙のルールを読み取ることが苦手な場合があります。
ADHDの特性である不注意・多動性・衝動性は、コミュニケーションの様々な場面で影響を及ぼします。
発達障害の特性からくる困難が続くと、自己肯定感が低下し、うつ病や不安障害などの二次障害を発症することがあります。これらの精神的な不調も、コミュニケーションに影を落とします。
ここからは、明日からでも実践できる具体的なコミュニケーションの「基本ルール」を5つご紹介します。これらは、発達障害の特性をカバーし、誤解やミスを未然に防ぐための「技術」です。
曖昧な指示は、ミスや手戻りの最大の原因です。指示を受けたら、必ず具体的な要素に分解して確認する習慣をつけましょう。そのための強力なツールが「5W1H」です。
特に「Why(なぜ)」を確認することは重要です。仕事の目的を理解することで、指示にない部分でも適切な判断がしやすくなり、仕事の質が向上します。
会話例
メモを取りますので、教えていただけますでしょうか。」
ポイントは、質問を恐れないことです。「確認不足でミスをする」より、「最初にしっかり確認する」方が、はるかに評価されます。手元にメモ帳やデジタルメモを用意し、その場で書き留めることを徹底しましょう。
考えがまとまらず話が長くなりがちな方や、要点を伝えるのが苦手な方には、PREP法が非常に有効です。これは、情報を整理し、相手に分かりやすく伝えるためのフレームワークです。
【P:結論の再提示】
つきましては、来週火曜日の14時から15時半まで、部長のスケジュール確保をお願いいたします。
最初は難しく感じるかもしれませんが、報告や相談の前に、メモ帳にP・R・E・Pを書き出して内容を整理する練習を繰り返すことで、自然と身についていきます。
ASD特性などで相手の感情や意図を読み取るのが苦手な場合、無理に「察しよう」とすると疲弊してしまいます。解決策は、分からないことを正直に、かつ丁寧に言葉で確認することです。
このように言葉で補うことで、不要な憶測や不安から解放され、コミュニケーションの透明性が高まります。これは「空気が読めない」のではなく、「正確な意思疎通を重視する」という誠実な姿勢として、相手に伝わります。
衝動的に話しかけて相手の仕事を中断させてしまったり、逆に「忙しそうだから…」と声をかけるタイミングを逃し続けてしまったりする。これはADHD特性や不安傾向のある方によく見られるパターンです。
この問題は、相手の時間を尊重し、自分の用件を確実に伝えるための「アポイント」を取ることで解決できます。
タイミングの予約例
このように事前に「予約」することで、相手は心の準備ができ、集中して話を聞いてくれます。あなた自身も「いつ話そう…」と悩み続けるストレスから解放され、落ち着いて本題に入ることができます。
良好な人間関係は、日々の小さなコミュニケーションの積み重ねから生まれます。「ありがとうございます」「すみません」を言うだけでなく、何に対して感謝・謝罪しているのかを具体的に添えることが、信頼構築の鍵です。
具体的な謝罪は、単なる反省だけでなく、「原因分析」と「再発防止策」を相手に伝える効果があります。これにより、「失敗はしたが、次に活かそうとしている」という前向きな姿勢が伝わり、信頼の低下を最小限に抑えることができます。
コミュニケーションスキルを磨くと同時に、働きやすい環境を自ら作っていくことも、長く働き続けるためには不可欠です。これには「自己理解」を深め、それを周囲に適切に伝える努力が含まれます。
「自分の取扱説明書(トリセツ)」とは、自分の障害特性、得意なこと、苦手なこと、そして必要な配慮などをまとめた資料のことです。これを信頼できる上司や同僚に共有することで、無用な誤解を防ぎ、必要なサポートを得やすくなります。
取扱説明書の記載項目例
共有するタイミングは、試用期間が終わってからや、上司との面談の場などが考えられます。これは「できないことの言い訳」ではなく、「自分の能力を最大限に発揮し、会社に貢献するための協力依頼」であるという前向きな姿勢で伝えることが重要です。
職場で一人でも「この人になら相談できる」という味方(アライ)を見つけることは、精神的な安定に大きく寄与します。その人は、あなたが困ったときに相談に乗ってくれたり、他の人との橋渡しをしてくれたりする存在になり得ます。
日々の業務の中で、辛抱強く説明してくれる人、あなたの意見を否定せずに聞いてくれる人、小さな成功を褒めてくれる人などを意識して探してみましょう。そして、ルール5で紹介したような具体的な感謝を伝えることで、少しずつ良好な関係を築いていきましょう。
一人で抱え込まず、専門家の力を借りることも非常に有効な選択肢です。「就労移行支援事業所」などの福祉サービスでは、専門のスタッフが以下のようなサポートを提供してくれます。
一度退職してしまった経験から自信を失っている場合でも、こうした機関でスキルを学び直し、専門家と共に次のステップを準備することで、安心して再就職に臨むことができます。
職場のコミュニケーションは、生まれ持った才能ではなく、練習によって上達できる「スキル」です。今回ご紹介した5つの基本ルールは、そのための具体的な練習方法です。
最初からすべてを完璧にこなす必要はありません。まずは「指示を5W1Hで一つ確認できた」「報告の際にPREP法を意識してみた」といった、小さな成功体験を大切にしてください。その積み重ねが、あなたの自信となり、コミュニケーションへの苦手意識を和らげてくれます。
同時に、自分の特性を理解し、必要な配慮を求める「環境調整」も進めていきましょう。完璧なコミュニケーターを目指すのではなく、自分と周囲の負担を減らし、あなたが持つ能力を最大限に発揮できる働き方を見つけることがゴールです。
試行錯誤は当然のプロセスです。焦らず、一つひとつ着実に実践することで、必ず「無理なく、長く働ける」道は開けていきます。