うつ病やADHD(注意欠陥・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)などの心身の状態により、職場でケアレスミスを重ねたり叱責を受けたりしてしまい、社会になじめず早期退職してしまう人がいます。一度就職したものの定着できない経験をしたあなたにとって、次回の職場では無理なく長く働き続けることが大切な目標です。そこで本記事では、職場でのトラブルを未然に防ぐ予防策と、万一トラブルが起きた際の対処法について解説します。発達障害やメンタルヘルスの特性による職場での典型的なトラブル事例も交え、具体的なアドバイスをお届けします。
発達障害の特性による起こり得るトラブルとは
発達障害やメンタルヘルスの状態によって、職場では様々な典型的なトラブルが起こりやすくなります。例えば、うつ病の方は集中力やエネルギーが低下しがちで、業務のミスや期限遅延を招きやすい傾向があります。またADHDの方は不注意や多動性・衝動性のため、ケアレスミスを重ねたり指示を聞き漏らしたりすることがあります。実際、「業務の優先順位がつけられない」「書類や物品を紛失しやすい」「指示を聞き取り損ねる」といった不注意の傾向がADHDの特徴として挙げられています。さらに多動性・衝動性から、周囲の人の話を割り込んでしまったり、考えづらく行動してしまうことも起こり得ます。
一方、ASDの方は対人コミュニケーションや社会的ルールの理解に苦労することがあります。例えば「場の空気が読めなかったり、言葉遣いや態度で相手を怒らせてしまう」「メールや報告が遅れてしまう」「指示を誤解してしまう」といったトラブルが起こりやすいと言われます。具体的には、上司の曖昧な指示を正しく理解できずに誤った対応をしてしまったり、同僚との間で雑談や相槌ができず距離ができてしまうケースもあります。また、うつ病の方は自己評価が下がり過ぎて仕事を引き受けられない、ネガティブな思考に陥り人間関係が悪化するといった問題も抱えやすいでしょう。
このように、発達障害やメンタルヘルスの特性によって、職場での行動や判断に支障が出やすいことがあります。重要なのは、その特性を理解し、適切な対策を講じることでトラブルを未然に防ぐことです。次章では、職場トラブルを予防するための具体的な工夫を紹介します。
職場トラブルの予防策
職場でのトラブルを防ぐには、自分の特性に合わせた工夫や配慮を事前に行うことが大切です。以下に、主な予防策を挙げます。
- 上司・同僚とのオープンなコミュニケーション: 自分の特性や困りごとを上司や信頼できる同僚に率直に話し合うことが重要です。例えば「注意が散漫になりがちなので、重要な指示はメールでも送っていただけると助かります」など、自分が求める配慮を具体的に伝えることで、誤解やミスを防ぐことができます。オープンなコミュニケーションを心がけることで、周囲も協力的になり、安心して働ける環境が整います。
- 明確な指示・業務の管理: 発達障害の方は曖昧な指示や同時多発的な指示に弱い傾向があります。そこで、上司から指示を受ける際は「一度に複数の仕事を頼まれない」「口頭の指示だけでなく書面やメールでも伝えてもらう」といった工夫をしましょう。また自分からも、指示内容を確認したりメモを取ったりして理解を深める習慣をつけます。例えば「○○の件ですが、やるべきことはAとBですね?」と相手に確認することで、ミスを防げます。
- 業務の進め方・環境の工夫: 自分の得意不得意を踏まえて、業務の進め方や職場環境を調整しましょう。例えば、同時に複数の作業をこなすのが難しい場合は、上司と相談して一度に扱う案件数を減らすなど業務負荷を調整できます。また、ノイズや人の動きが気になる場合、静かな場所で作業できるよう配慮したり、必要に応じてイヤーマフやヘッドホンを使って集中しやすい環境を作ることも有効です。手先が不器用でメモが苦手なら、パソコンでメモを取ることを許可してもらう、会議内容を録音して後で復習する等の配慮も可能です。このように自分にとって働きやすい環境を整えることが、ミスやストレスの予防につながります。
- 合理的配慮の活用: 2024年からは法律で事業主による障害者への「合理的配慮」提供が義務化されました。発達障害やメンタルヘルスのある従業員に対しても、過重な負担にならない範囲で必要な配慮を会社が提供することが求められています。例えば、作業手順書を用意してもらったり、チェックリストを使ってミスを防ぐ仕組みを導入したりといった具体策です。自分で配慮を求める際は、上司や人事に「合理的配慮を希望します」と伝え、必要な支援を提案すると良いでしょう。法律に基づく配慮を適切に活用することで、自分の特性が障害にならない職場環境を整えられます。
- 上司・同僚への特性説明と理解促進: 職場でトラブルを防ぐには、周囲の理解も欠かせません。上司や同僚に自分の特性や配慮事項を事前に説明しておくことで、誤解を防げます。例えば「私、注意が散漫になりがちなので、指示は簡潔にお願いできますか?」「人混みや騒がしい場所だと疲れるので、会議室で話をすると助かります」など、自分の状況と希望を丁寧に伝えることが大切です。必要に応じて専門家(職業コンサルタントや産業医)が職場に出向き、発達障害の特性や配慮方法を説明してもらうことも有効です。周囲が理解を深めることで、安心して働ける職場づくりにつながります。
以上のような予防策を講じることで、ミスや人間関係のトラブルを未然に回避することが可能です。自分の特性を正しく理解し、適切な支援や環境調整を取り入れることが、職場でのストレス軽減と定着につながるポイントです。
トラブル発生時の対処法
しかしながら、どうしても職場でトラブルが発生してしまった場合の対処法も知っておきましょう。問題が起きたときは慌てず、冷静に対応することが大切です。以下に、トラブル発生時の対処法をまとめます。
- 冷静に事実関係を確認する: トラブルが起きたら、まず事実関係を正確に把握しましょう。上司や関係者から事情をヒアリングし、自分が何をして何が起きたのかを整理します。発達障害の特性によっては、意図せず誤解やトラブルを招いてしまうこともあるため、まずは感情的にならず客観的に事実を確認することが重要です。事実を的確に把握することで、後の対処法を考えやすくなります。
- 周囲や専門家と相談する: 自分一人で悩まず、信頼できる上司や同僚、人事担当者、あるいは職業コンサルタントなどの専門家に相談しましょう。相談することで新たな視点やアドバイスを得られ、解決策を見つけやすくなります。特に会社内にEAP(従業員支援プログラム)がある場合は活用してみましょう。EAPとは、社員のメンタルヘルスや生活上の悩みを専門家が相談・支援する仕組みで、産業医や心理カウンセラーによるコンサルティングや相談窓口が用意されています。EAPを通じて専門家の助言を受けることで、トラブルへの対処法や自分のケア方法を学ぶことができます。また、職場の産業医や保健師に相談するのも有効です。産業医はメンタルヘルス不調の社員に対して、休業勧告や職場環境の調整提案など専門的な支援を行います。必要に応じて外部の職業センターや発達障害者支援サービスを利用し、プロの助言を得ることも検討しましょう。
- 謝罪と改善策の提案: 自分のミスや対応ミスが原因のトラブルであれば、まずは率直に謝罪することが大切です。周囲に迷惑をかけたことを認め、誠意を持って謝りましょう。その上で、「次回以降は○○するようにします」と具体的な改善策を提案します。例えば書類ミスの場合は「チェックリストを作ってミスを減らします」、人とのトラブルなら「もっと前向きに話しかけるようにします」など、自分なりの対策を示します。謝罪と改善策を示すことで、周囲の怒りを和らげ、信頼を取り戻す一助となります。
- 指示の確認や報告の徹底: トラブルの原因が「指示を誤解した」「報告漏れがあった」といったコミュニケーションの問題であれば、以降は指示の確認と報告・連絡・相談(報連相)を徹底しましょう。上司から指示を受けた際は内容を必ず確認し、「了解しました。○○をこなします」と返事をします。また作業の進捗や問題点は定期的に報告し、迷ったときはすぐ相談する習慣をつけます。報連相が苦手な場合は、上司にレポートの仕方を教えてもらうことも有効です。例えば「どの程度の頻度で報告すれば良いか」「相談すべき範囲はどこまでか」などを明確にしておくと、安心して報連相を行えます。報連相をしっかりすることで、誤解や見落としによるトラブルを大幅に減らせます。
- 専門家によるフォローアップ: トラブルが深刻だった場合や、自分の心身にも影響が出ている場合は、専門家によるフォローアップを受けることも検討しましょう。例えば、職業センターの職業コンサルタントや民間の就労継続支援事業所のスタッフが職場に出向き、本人と上司・同僚をサポートしてくれる制度があります。フォローアップ支援では、現場での問題点を洗い出し、具体的な改善策をアドバイスしてくれます。実際、ある企業では入社時に職業センターと就労継続支援事業所のジョブコーチがペアを組み、3か月間集中的に社員と上司・同僚を支援したケースがあります。このようなプロの支援を活用することで、トラブルから立ち直り、職場での適応を図ることができます。
トラブルが起きても、慌てず対処法を講じることで乗り越えることは可能です。大事なのは、自分一人で悩み込まず周囲や専門家の力を借りること、そして次を防ぐための改善策を実行に移すことです。トラブルを経験から学び、自分なりの働き方を磨いていきましょう。
サポートの活用と自己管理の工夫
職場で長く働き続けるには、外部のサポートを活用することも、自分自身で工夫することも重要です。最後に、利用できるサポート資源と自己管理の工夫について紹介します。
利用できるサポート資源
- 職業センター・就労継続支援: ハローワーク(公共職業安定所)には「精神・発達障害者雇用サポーター」が配置されており、発達障害やメンタルヘルスのある求職者に対して専門的な就職支援や職場定着支援を行っています。就職後も定期的に職場訪問し、本人と上司にアドバイスをしてくれるケースがあります。また、民間の就労継続支援事業所(いわゆるジョブコーチ)を利用することもできます。就労継続支援では、専門スタッフが職場に出向き、業務適応や人間関係の相談に乗ったり、上司への配慮方法を助言したりしてくれます。自分の状況に合った支援サービスを活用しましょう。
- EAP(従業員支援プログラム): 多くの企業で導入されているEAPは、社員のメンタルヘルスケアや生活上の悩み相談を行う仕組みです。産業医や心理カウンセラーなど専門家が電話や面談で相談に乗り、必要に応じて外部機関との連携も行ってくれます。職場でのストレスや人間関係の悩み、自分の心身のケア方法など、様々なトピックで相談できます。EAPは匿名で利用できる場合も多く、気軽に相談してみましょう。
- 産業医・保健師の相談: 企業に産業医や保健師がいる場合、彼らと定期的に面談するのも有効です。産業医はメンタルヘルス不調の社員に対し、休業や業務調整の判断をしたり、職場環境の改善提案をしたりします。保健師も、ストレス管理や健康増進のアドバイスをしてくれます。自分の状態を産業医に正直に話し、必要なら職場への配慮提案を産業医に依頼することもできます。産業医や保健師は会社側の立場でもありますが、基本的には社員の健康を守る立場なので、安心して相談しましょう。
- 発達障害者支援サービス: 発達障害のある方には、障害福祉サービスとして就労移行支援や就労継続支援といったサービスが用意されています。就労移行支援は就職前の訓練や職業アドバイスを受けられる場で、就労継続支援は就職後に職場適応をサポートしてくれるサービスです。また、地域の発達障害者支援センターやピアサポート団体なども利用できます。ピアサポートとは、同じような経験を持つ人同士がお互い励まし合ったり情報交換したりする活動で、心の支えになります。自分に合った支援資源を積極的に活用し、孤独にならないようにしましょう。
自己管理の工夫
- チェックリストや手順書の活用: 仕事でミスを減らすために、自分専用のチェックリストや作業手順書を作ってみましょう。例えば、レポート提出前に必ず確認すべき項目(見出しが揃っているか、数字の計算は合っているか等)をリスト化しておけば、見落としを防げます。また繰り返し行う業務の手順をメモしておけば、いつでも確認でき安心です。チェックリストは紙でもパソコン上でも構いません。重要なのは、自分がミスしやすいポイントを網羅しておくことです。チェックリストを使う習慣をつけることで、ケアレスミスを大幅に減らすことができます。
- 時間管理とブレイクの工夫: 長時間集中するのが難しい場合や、うつ病でエネルギーが出にくい場合は、時間管理の工夫が有効です。例えば「ポモドーロ法」のように、25分働いて5分休むといったリズムで作業すると、集中力を維持しやすくなります。また、午後に疲労が溜まる人は、昼休みに少し眠るか軽い運動をしてリフレッシュすると良いでしょう。重要なのは、自分のバイオリズムに合わせて働く時間と休む時間を計画的に配置することです。疲れ果てないよう適度に休憩を取り、心身を保つことが長続きの鍵です。
- セルフケアとストレス管理: 職場でのストレスを溜め込まないために、自分だけのセルフケア法を見つけましょう。例えば、仕事帰りに散歩したり運動したりしてストレスを発散したり、趣味でリフレッシュしたりする方法があります。また、メンタル面では日記をつけて感情を整理したり、瞑想や呼吸法でリラックスする練習をしたりするのも効果的です。発達障害のある人はストレスを感じやすい傾向があるため、ストレスを感じたらすぐ対処する習慣をつけましょう。自分の体調や気分をチェックする「セルフチェックリスト」を作っておき、異変があれば早めに休む・相談するといった自己管理も大切です。自分を大切にすることが、結果的に職場でのミスやトラブルを減らすことにもつながります。
- 専門的トレーニングの受講: 自分の特性に合わせて、専門的なトレーニングを受けるのも良いでしょう。例えば、発達障害のある人向けのソーシャルスキルトレーニングでは、人とのコミュニケーションや社会的ルールを学ぶことができます。また、メンタルヘルスに関する研修でストレス管理やポジティブ思考の方法を学ぶこともできます。企業内でそうした研修が用意されていれば積極的に参加し、外部にもリソースがあれば受講してみましょう。トレーニングで得た知識やスキルは、職場での行動に反映させることでトラブル回避に役立ちます。
このように、自分なりの工夫と外部サポートの活用を組み合わせることで、職場での適応力を高めることができます。大事なのは、自分を責めすぎず「うまくいかない部分には必ず対策がある」と前向きに考えることです。自分に合った働き方を見つけ、長続きする職場生活を送っていきましょう。
おわりに:自分らしく働き続けるために
うつ病やADHD、ASDなどの特性があっても、適切な対策と支援を得ることで職場でのトラブルを回避し、長く働き続けることは十分可能です。重要なのは、自分の特性を正しく理解し、必要な配慮や支援を求める勇気を持つことです。また、周囲とはオープンにコミュニケーションを取り、協力関係を築くことも大切です。
職場でのトラブルは誰しも起こしかねないものです。しかし、それを経験から学び、自分なりの働き方を磨いていけば、次は大丈夫だと信じています。自分らしいペースで、そして周囲の理解と協力のもとに、無理なく働き続けていきましょう。あなたの次の職場で、前向きな経験が積み重なっていくことを願っています。