「またケアレスミスをしてしまった…」「どうして自分は周りと同じようにできないんだろう…」
うつやADHD、ASDなどの特性が原因で、仕事で叱責されたり、人間関係がうまくいかなかったりして、社会になじめないと感じていませんか。一度は就職したものの、心身が疲弊して早期退職。次の職場では、今度こそ無理なく、自分らしく、長く働きたい。そう強く願っているかもしれません。
その願いを叶えるための強力なスキルが、今回ご紹介する「アサーティブコミュニケーション」です。これは、単なる「話し方」のテクニックではありません。自分を犠牲にすることなく、相手も尊重しながら、自分の意見や気持ちを正直に伝えるための、いわば「心の在り方」です。
この記事では、なぜアサーティブコミュニケーションがあなたにとって特に重要なのか、そして、明日から実践できる具体的な方法を、深く、丁寧にご紹介します。
「自分の意見を言うと、わがままだと思われそうで怖い」「断ったら、関係が悪化しそうで言えない」。そう感じて、自分の気持ちを押し殺してしまうことはありませんか。アサーティブコミュニケーションは、そうした悩みを解決する鍵となります。
私たちのコミュニケーションは、大きく3つのタイプに分けられます。自分はどのタイプに陥りやすいか、自己分析してみましょう。
タイプ | 特徴 | 口癖・考え方の例 | 結果 |
---|---|---|---|
① パッシブ(受動的) | 自分の意見や感情を抑え、相手を優先しすぎる。自己主張ができない。 | 「いえ、私は大丈夫です…」「(本当は嫌だけど)それで構いません」 | ストレスが溜まり、自己肯定感が下がる。相手に軽んじられることも。 |
② アグレッシブ(攻撃的) | 自分の意見や感情を一方的に押し付け、相手を支配しようとする。 | 「普通はこうでしょ!」「なんでできないの?」 | 一時的に要求は通るが、相手との関係が悪化し、孤立する。 |
③ アサーティブ(誠実・対等) | 自分の意見や感情を正直に、率直に伝える。同時に、相手の意見や感情も尊重する。 | 「私はこう考えますが、あなたはどう思いますか?」「そのご依頼は嬉しいのですが、今抱えている業務があり…」 | 自己肯定感を保ちつつ、相手と良好な関係を築ける。問題解決につながりやすい。 |
仕事で辛い経験をされた方は、叱責を避けるために「① パッシブ」になりがちです。しかし、それがさらなるストレスや業務過多を招き、心身の不調につながる悪循環を生んでしまいます。目指すべきは、「③ アサーティブ」な状態です。これは、自分と相手の間に、誠実で対等な橋を架けるようなコミュニケーションなのです。
特に、これまで自分を責めてきた経験が多いと、「自分の意見を主張すること=わがまま、自己中心的」という罪悪感を抱きやすいかもしれません。しかし、これは大きな誤解です。
自分の気持ちや状況を伝えることは、より良い仕事をするための「情報共有」であり、健全な「自己防衛」です。それは、あなたに与えられた正当な権利なのです。
アサーティブコミュニケーションは誰にとっても有益ですが、特にうつや発達障害の特性を持つ方が、職場で無理なく働き続けるためには不可欠とも言えるスキルです。
ADHDの不注意や衝動性、ASDのこだわりの強さやコミュニケーションの特性などから、ミスを指摘されたり、誤解されたりする経験が重なると、「自分はダメな人間だ」という自己否定感が強まります。その結果、
という負のスパイラルに陥りがちです。アサーティブに「今の自分の状況」や「必要な配慮」を伝えることができれば、このスパイラルを断ち切るきっかけになります。例えば、「一度に多くの指示をいただくと混乱してしまうので、メモに書き出してもよろしいでしょうか?」と伝えるだけで、状況は大きく変わる可能性があります。
発達障害の特性やうつの症状は、外見からは分かりにくい「見えない困難」です。そのため、周囲からは「やる気がない」「怠けている」「わざとやっている」と誤解されがちです。
例:ASDのAさんの場合
Aさんは、急な予定変更や曖昧な指示が極端に苦手です。ある日、上司から「あれ、やっといて」と口頭で指示されましたが、具体的に何を指すのか分からず、パニックになってしまいました。しかし、聞き返すことができず、結局何もできずにいると、「なんでやらないんだ!」と怒られてしまいました。
もしAさんがアサーティブな伝え方を知っていれば、「申し訳ありません、私の理解が追いついていないようです。『あれ』というのが具体的にどの業務を指すのか、もう一度ご説明いただけますでしょうか」と伝えることができたかもしれません。これは、自分の特性という「事実」を伝え、業務を遂行するために必要な「協力」を依頼する、建設的なコミュニケーションです。
長く働き続けるためには、仕事とプライベート、自分のできることとできないことの間に、健全な境界線(バウンダリー)を引くことが不可欠です。他人の感情や要求に振り回されず、自分の心身の健康を守るための防波堤のようなものです。
パッシブなコミュニケーションでは、この境界線は簡単に侵されてしまいます。アサーティブな自己表現は、この大切な境界線を相手に「ここが私の境界線です」と知らせ、守ってもらうための唯一の手段なのです。
理論は分かっても、実践は難しいと感じるかもしれません。ここでは、具体的な会話のフレームワーク「DESC法」を中心に、実践的なステップをご紹介します。
相手に伝える前に、まず自分が「何を感じ」「何を望んでいるのか」を明確にする必要があります。モヤモヤした気持ちのままでは、うまく言葉にできません。落ち着ける場所で、紙に書き出してみるのがおすすめです。
この自己分析が、アサーティブな表現の土台となります。
DESC法は、アサーティブに伝えるための強力な会話の型です。この順番で話すことを意識するだけで、感情的にならず、かつ分かりやすく相手に伝えることができます。
まずは、起きている状況や相手の行動を、客観的な事実として描写します。ここでは自分の解釈や感情は含めません。「いつも」「絶対」などの主観的な言葉は避けましょう。
(例)「〇〇さん、先ほど3つの業務についてご指示をいただきましたが、」
次に、その状況に対する自分の主観的な気持ちを、「私」を主語にして伝えます(アイ・メッセージ)。また、その状況が自分に与える影響を説明します。
(例)「私は、一度に複数のご指示をいただくと、どれから手をつけるべきか混乱してしまい、ミスをしないか不安になります。」
※「(あなたは)説明が分かりにくいです」と言うと相手への非難になりますが、「(私は)混乱してしまいます」と言うと、自分の問題として伝えることができます。
相手にしてほしいことを、具体的かつ現実的な解決策として提案・依頼します。選択肢を提示したり、お願いの形で伝えたりすると、相手も受け入れやすくなります。
(例)「つきましては、もし可能でしたら、どの業務を最優先すべきか教えていただけますでしょうか。あるいは、タスクをリストにしてメールでいただけると、抜け漏れなく進められます。」
最後に、提案を受け入れてもらえた場合のポジティブな結果(メリット)を伝え、相手に選択を促します。もし断られた場合の代替案を考えておくことも有効です。
(例)「そのようにしていただけると、私も安心して業務に集中でき、より正確に、早く仕上げることができます。」
アサーティブに伝えようとしても、様々な不安が頭をよぎるものです。ここでは、代表的な不安への対処法を考えます。
これは最も大きな不安かもしれません。結論から言うと、相手の感情をコントロールすることはできません。しかし、こちらの伝え方をコントロールすることはできます。DESC法に沿って、誠実に、敬意をもって伝えれば、少なくとも「あなたの伝え方」が原因で相手が怒る可能性は低くなります。
もし相手が感情的になったとしても、こちらも感情で返さず、「お気持ちは分かります」「少し時間をおいてから、またお話しさせていただけますか」と、冷静に対応すること自体がアサーティブな行動です。相手の土俵に乗らないことが重要です。
「できない」と伝えることは、無能の証明ではありません。むしろ、自分のキャパシティを正確に把握し、仕事の質を担保しようとするプロ意識の表れです。何でも安請け合いしてパンクする人より、状況を的確に報告し、調整を依頼できる人の方が、長期的には信頼されます。
断る際は、「できません」と突き放すのではなく、「その仕事はできませんが、こちらの仕事ならできます」「今は難しいですが、来週なら着手できます」のように、代替案やポジティブな側面を添えると、印象が大きく変わります。
アサーティブコミュニケーションは万能薬ではありません。練習しても上手くいかなかったり、そもそも話を聞いてくれない環境だったりすることもあります。そんな時は、一人で抱え込まないでください。
外部の専門家を頼ることは、決して逃げではありません。自分を守り、長く働き続けるための賢明な選択です。
社会になじめないと感じ、自分を責め続けてきたあなたへ。あなたは何も悪くありません。ただ、あなたに合ったコミュニケーションの方法や、あなたを守るためのスキルを、まだ知らなかっただけかもしれません。
アサーティブコミュニケーションは、一朝一夕で身につくものではありません。何度も失敗し、気まずい思いをすることもあるでしょう。でも、それでいいのです。まずは小さな「イエス」や「ノー」から、練習してみてください。自分の気持ちを言葉にできた、その一歩一歩が、あなたの自己肯定感を育て、無理なく働ける未来へとつながっていきます。
あなたの声は、誰かに遠慮するためにあるのではありません。あなた自身を大切にし、相手とより良い関係を築くためにあるのです。その声には、確かな価値があります。