コラム 2025年12月1日

「見えない生きづらさ」を「働く強み」へ:ASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ女性のための就労移行支援活用ガイド

なぜ今、ASDの成人女性と「働くこと」が注目されるのか?

「周りに合わせているだけなのに、なぜか異常に疲れる」「真面目にやっているつもりでも、ケアレスミスや人間関係のトラブルで仕事が長続きしない」——。こうした悩みを抱え、自身の性格や努力不足を責め続けている成人女性は少なくありません。しかし、その「見えない生きづらさ」の背景には、これまで見過ごされてきたASD(自閉スペクトラム症)の特性が隠れているケースが、近年注目を集めています。

かつて発達障害は、主に男性や子どもの問題として認識されがちでした。しかし研究が進むにつれ、成人、特に女性においても、その特性が社会生活や職業生活に大きな影響を及ぼしていることが明らかになってきました。女性の場合、幼少期から周囲の期待に応えようと、無意識のうちに自身の特性を隠す「カモフラージュ」を行う傾向があります。表面上は問題なく社会に適応しているように見えるため、本人も周囲も困難の根本原因に気づきにくく、適切な支援につながるのが遅れるという課題がありました 。

この状況は、二つの側面から重要な転換点を迎えています。一つは、当事者や社会の認知向上により、「もしかして私も?」と自身の特性と向き合い、解決策を模索する女性が増えていること。もう一つは、労働力人口の減少とダイバーシティ&インクルージョンの推進を背景に、企業がこれまで見過ごしてきた多様な人材の活躍に期待を寄せ始めたことです。特に、段階的に引き上げられる障害者法定雇用率は、企業にとって障害者雇用を「CSR(企業の社会的責任)」から「経営戦略」へと位置づける大きな動機となっています。

本記事は、このような変化の潮流の中で、自身のASD特性に起因する「働きづらさ」に悩む成人女性、そのご家族、そして彼女たちの可能性を信じ、共に働く未来を模索する企業担当者に向けて執筆されました。この記事の目的は、困難の根本原因であるASD特性への正しい理解を促し、公的な福祉サービスである「就労移行支援」を羅針盤として、一人ひとりが自分らしく、持てる力を最大限に発揮しながら働くための具体的かつ実践的な道筋を示すことです。生きづらさを「弱み」として抱え込むのではなく、自己理解と適切な支援を通じて「働く強み」へと転換していくための、確かな一歩を共に踏み出しましょう。

【自己理解編】「私のせいじゃなかった」- ASD(自閉スペクトラム症)の成人女性に見られる仕事上の困難

長年抱えてきた仕事上の困難が、実はASDという脳機能の特性に起因するものだった——。この事実にたどり着くことは、自己否定の連鎖を断ち切り、前向きな対策を講じるための重要な第一歩です。この章では、なぜ成人女性のASD特性が見過ごされやすいのか、そして具体的にどのような困難として職場に現れるのかを深く掘り下げていきます。

なぜ特性が「見えにくい」のか?

成人女性のASDが「見えない障害」とも言われる背景には、主に二つの要因が複雑に絡み合っています。

カモフラージュ(擬態):適応のための過剰な努力

女性のASD当事者は、社会的な同調圧力を敏感に感じ取り、幼い頃から「普通」であろうと努める傾向が強いと言われています。具体的には、周囲の人の表情や会話のパターンを観察・模倣し、あたかも自然にコミュニケーションが取れているかのように振る舞う「カモフラージュ(擬態)」という行動です。例えば、会話中は意識的に笑顔を作り、相手の目を見て相槌を打ち、興味があるフリをする。しかし、これは本質的な理解を伴わない表面的な適応であり、脳にとっては膨大なエネルギーを消費する高度な知的作業です。

その結果、勤務中はなんとか取り繕えても、帰宅した途端にエネルギーが尽き果てて動けなくなったり、週末は誰とも会わずにひたすら心身の回復に努めなければならなかったりします。この過剰な適応努力が慢性的な疲労やストレスとなり、うつ病や不安障害、適応障害といった二次障害を引き起こすリスクも高まります。周囲からは「少し変わっているけど真面目な人」「努力家」と評価される一方で、本人の内面では深刻な生きづらさが蓄積していくのです。

診断のつきにくさ:男性中心の基準と見過ごされるサイン

もう一つの要因は、診断の難しさです。従来のASDの診断基準(DSM-5など)は、歴史的に男児の研究に基づいて作成された側面があり、女性特有の特性の現れ方を捉えきれない場合があります。

例えば、ASDの特性である「限定された興味やこだわり」は、男性では電車や機械など特定のモノに向かいやすいのに対し、女性ではアイドルやキャラクターへの熱中(推し活)、特定の人間関係への執着、物語の世界への没入といった、より社会的に受容されやすい形で現れることがあります。これらは「趣味」や「情熱」として認識され、ASDの特性とは結びつけられにくいのです。

また、カモフラージュが巧みであるため、医療機関の短い診察時間では本質的な困難が伝わりにくく、「繊細な性格」「内気なだけ」と見過ごされてしまうことも少なくありません。このように、本人の過剰な適応努力と、社会や医療の側の認識のズレが、多くの女性を適切な診断や支援から遠ざけているのが現状です。

職場で直面する具体的な困難(特性別に整理)

これらの「見えにくい」特性は、職場の様々な場面で具体的な困難として表面化します。これらは本人の能力や意欲の問題ではなく、脳の情報処理の仕方の違いによるものです。

対人関係・コミュニケーションの壁

  • 曖昧な指示の理解困難:「これをいい感じにまとめておいて」「手が空いたら適当によろしく」といった抽象的な指示は、何をどこまでやれば良いのか分からず混乱します。ASDの脳は、具体的な手順やゴールが明確でないと行動に移しにくい特性があります。
  • 非言語的情報の読解困難:相手の表情、声のトーン、身振りなどから感情や意図を読み取るのが苦手です。冗談や皮肉を真に受けてしまったり、相手が怒っていることに気づかずに関係を悪化させてしまったりすることがあります。
  • 雑談への強い苦痛:目的や結論のない世間話、いわゆるスモールトークが極めて苦手です。何を話せば良いか分からず沈黙してしまったり、逆に自分の興味のある話題を一方的に話し続けてしまったりして、周囲から浮いてしまうことがあります。
  • 過剰なエネルギー消費:上記のようなコミュニケーション上の困難を乗り越えるために常に頭をフル回転させているため、人と関わるだけで極度に疲弊します。飲み会などの社内イベントは、楽しいどころか拷問のように感じられることも少なくありません。

業務遂行上の課題

  • マルチタスクの困難:電話応対をしながらメールを書き、来客対応もする、といった複数の業務を同時に処理することが非常に苦手です。一つのタスクに集中している時に別の指示が入るとパニックに陥り、作業効率が著しく低下します。
  • 計画・段取りの苦手さ:業務の全体像を把握し、優先順位をつけて計画的に進めることが困難な場合があります。どこから手をつければ良いか分からずフリーズしてしまったり、重要でない細部にこだわりすぎて締め切りに間に合わなくなったりします。
  • 予期せぬ変更への不適応:急な予定変更や仕様の変更、トラブル発生時など、あらかじめ決まっていた手順から外れる事態に柔軟に対応するのが苦手です。思考が停止してしまい、適切な判断や行動が取れなくなることがあります。
  • ケアレスミスの多発(ADHD併存の場合):ADHDの不注意特性を併せ持つ場合、単純な入力ミスや確認漏れ、忘れ物などが頻発することがあります。本人は細心の注意を払っているつもりでも、脳の特性として注意を持続させることが難しいためです。

感覚過敏によるオフィス環境のストレス

多くの人が気にも留めないような五感への刺激が、ASDの特性を持つ人にとっては耐え難い苦痛となることがあります。これを「感覚過敏」と呼びます。

  • 聴覚過敏:隣の席の人のキーボードを叩く音、電話の着信音、コピー機の作動音、人々のざわめきなどが、まるで耳元で大音量で鳴っているかのように感じられます。複数の音が同時に聞こえると脳が情報を処理しきれず、混乱してしまいます。
  • 視覚過敏:蛍光灯のちらつきや強い光が目に突き刺さるように感じられたり、パソコンの画面を長時間見続けることが困難だったりします。書類にびっしりと書かれた文字の羅列が、脳にとって大きな負担となることもあります。
  • 嗅覚過敏:同僚がつけている香水や柔軟剤の匂い、オフィスの芳香剤、昼食の匂いなどで気分が悪くなったり、集中できなくなったりします。
  • 触覚過敏:制服の生地がチクチクして気になったり、シャツのタグが肌に当たる不快感に耐えられなかったりします。人に軽く触れられることにも強い抵抗を感じる場合があります。

キーポイント:自己理解の重要性

ここで最も重要なのは、これらの困難が「本人の甘え」や「努力不足」、「わがままな性格」などによるものでは断じてなく、生まれ持った脳の機能特性に起因するものであると認識することです。長年の自己否定から抜け出し、「私のせいではなかった」と受け入れること。それが、具体的な対策を考え、自分に合った働き方を見つけるための、最も重要で力強い第一歩となるのです。

【解決策の提示】一人で抱え込まない選択肢 – 「就労移行支援」とは?

自身の特性を理解した次に必要なのは、一人で抱え込まず、専門的なサポートを活用することです。障害者総合支援法に基づいた公的な福祉サービスの中に、ASDの特性を持つ女性が一般企業で働くための強力な味方となる「就労移行支援」という制度があります。この章では、その内容と、類似サービスとの違い、そして2025年から始まる新しい制度について解説します。

就労移行支援の基本をわかりやすく解説

就労移行支援とは、簡単に言えば「一般企業への就職を目指す、障害や難病のある方のための総合的なトレーニングセンター」です。単に仕事を紹介するだけでなく、就職の準備から就職活動、そして就職後の定着までを一貫してサポートします。

  • 目的:最終的なゴールは、利用者が自分の特性や能力に合った職場で、安定して長く働き続けることです。そのために必要な知識やスキルを身につけ、自信を持って社会に出ることを目指します。
  • サービス内容:支援は「個別支援計画」に基づいて行われます。内容は多岐にわたりますが、主に以下のようなサポートが提供されます。
    • 職業訓練:PCスキル(Word, Excel)、プログラミング、デザイン、経理など、就職に役立つ専門スキルの習得。
    • 自己理解・自己管理:自身の障害特性の理解、ストレス対処法(アンガーマネジメント)、体調管理の方法などを学びます。
    • ビジネススキル・コミュニケーション訓練:ビジネスマナー、報告・連絡・相談、SST(ソーシャルスキルトレーニング)などを通じて、職場での円滑な人間関係を築く方法を学びます。
    • 就職活動支援:自己分析のサポート、履歴書・職務経歴書の添削、模擬面接、求人情報の提供、企業見学や実習の調整など。
    • 就職後の定着支援:就職後も定期的な面談を行い、職場で生じた悩みや課題について、本人と企業の間に入って調整・解決をサポートします(原則6ヶ月間)。
  • 利用期間と対象者:原則として18歳以上65歳未満で、一般企業への就職を希望する障害や難病のある方が対象です。利用期間は標準で24ヶ月(2年間)と定められています。障害者手帳の有無は必須ではなく、医師の診断書や意見書があれば利用できる場合があります。

類似サービスとの違いを簡潔に比較

障害のある方向けの就労支援には、就労移行支援の他にもいくつかの種類があります。目的が異なるため、自分に合ったサービスを選ぶことが重要です。

出典: 各種参考資料より情報を整理し作成
  • 就労継続支援(A型/B型):これは「一般企業への就職」ではなく、「福祉的なサポートのある環境で働く場所」そのものを提供するサービスです。A型は利用者と事業所が雇用契約を結び、最低賃金以上の給与が支払われます。B型は雇用契約を結ばず、比較的簡単な作業を行い、「工賃」を受け取ります。一般就労がまだ難しいと感じる方が、働く習慣をつけたり、日中の居場所として利用したりするケースが多いです。
  • 就労定着支援:これは、就労移行支援などを利用して就職した人が、その職場で長く働き続けられるようにサポートするサービスです。就職してから6ヶ月が経過した時点から利用でき、最長で3年間、定期的な面談や職場との調整などの支援を受けられます。就労移行支援の「定着支援」が終了した後の、バトンタッチ先のサービスと考えると分かりやすいでしょう。

【最新情報】2025年10月開始「就労選択支援」とは?

2022年の障害者総合支援法改正により、2025年10月1日から「就労選択支援」という新しい制度がスタートします。これは、就労移行支援や就労継続支援といったサービスを利用する「前」の段階で、自分に本当に合った働き方や支援サービスは何かを見極めるための制度です。

具体的には、1ヶ月程度の短期間、実際の作業などを体験(アセスメント)しながら、支援員と共に自分の得意・不得意、希望する働き方などを整理します。これにより、「とりあえず就労移行支援に通い始めたけれど、自分には合わなかった」「本当はB型でのんびり働く方が向いていたかもしれない」といったミスマッチを防ぎ、より納得感のある選択ができるようになります。

2025年10月以降、就労継続支援B型を利用したい人は原則としてこの就労選択支援を利用することになります。就労移行支援やA型についても、将来的には同様に原則利用となる方向で検討されています。これは、支援の入り口で丁寧なマッチングを行うことが、長期的な就労と自立にとっていかに重要であるかを国が認識している証左と言えるでしょう。

キーポイント:支援活用の意義

就労移行支援は、単にスキルを学ぶ場ではありません。専門家の客観的な視点を得ながら自己理解を深め、同じような悩みを持つ仲間と出会い、一人では困難だった就職活動をチームで乗り越えていくための「基地」のような存在です。そして、就職というゴールだけでなく、その後の安定した職業生活までを見据えた包括的なサポートが、ASDの特性を持つ女性にとって大きな安心材料となるのです。

【実践編】ASD女性が就労移行支援を最大限に活用する具体的ステップ

就労移行支援という制度を知っても、「具体的に何をすればいいのか」「自分に使いこなせるだろうか」と不安に思うかもしれません。この章では、ASDの特性を持つ女性が、この制度を最大限に活用し、自分らしい働き方を見つけるための5つの具体的なステップを、成功事例の要素を交えながら解説します。

ステップ1:自分に合った就労移行支援事業所を見つける

就労移行支援の成果は、どの事業所を選ぶかに大きく左右されます。全国に数多くある事業所は、それぞれに特色や強みがあります。自分に合った「パートナー」を見つけることが、成功への第一歩です。

事業所の選び方のポイント

  • 発達障害、特に女性への支援実績:ウェブサイトなどで、発達障害のある方の就職事例や、女性の利用者への配慮に関する記述があるかを確認しましょう。支援実績が豊富な事業所は、ASD女性特有の「カモフラージュ」や感覚過敏といった課題への理解が深く、的確なサポートが期待できます。
  • プログラム内容:自分が学びたいスキル(PC、プログラミング、デザイン、経理など)の講座があるか、コミュニケーション訓練(SST)や自己理解を深めるプログラムが充実しているかを確認します。
  • 事業所の雰囲気とスタッフとの相性:最も重要なのが、自分が安心して通える場所かどうかです。必ず複数の事業所を見学・体験利用し、事業所の清潔さ、他の利用者の様子、スタッフの話し方や対応などを肌で感じてみましょう。「この人になら悩みを話せそう」と思える支援員に出会えるかが鍵となります。
  • 就職実績と定着率:希望する職種への就職実績や、就職後の定着率を公開しているかも重要な指標です。高い定着率は、マッチングの精度と定着支援の手厚さを示唆します。

まずは市区町村の障害福祉窓口や、インターネットで情報を集め、気になる事業所に問い合わせて見学の予約をすることから始めましょう。

ステップ2:支援員と共に「自分の取扱説明書」を作成する

事業所の利用を開始したら、まず取り組むべきは支援員との面談を通じた徹底的な自己分析です。これは、企業に提出するための「自分の取扱説明書(ナビゲーションブック)」を作成するプロセスです。長年一人で抱えてきた困難や苦手なことを言語化し、客観的に整理していきます。

このプロセスは、単に弱みをリストアップするものではありません。「なぜそれが苦手なのか(特性)」「どうすればカバーできるのか(対策・必要な配慮)」をセットで考えることが重要です。2024年4月から企業に法的義務化された「合理的配慮」を求める際の、具体的な根拠となります。

<「自分の取扱説明書」作成例>
×「電話応対が苦手です」
○「【課題】聴覚情報処理が苦手で、口頭での指示や複数の情報を一度に記憶するのが困難です。そのため、電話応対で聞き漏らしや伝達ミスが起こりやすいです。
【希望する配慮】可能であれば、お客様とのやり取りはメールやチャットを主とさせていただけますと幸いです。社内の指示についても、口頭だけでなくテキストで残していただけると、ミスなく業務を遂行できます。」

このように、自分の特性を客観的に分析し、具体的な代替案や配慮を提示することで、企業側も「どうすればこの人が能力を発揮できるか」を理解しやすくなります。支援員という第三者の視点を借りることで、自分では気づかなかった強みや、効果的な対策が見つかることも少なくありません。

ステップ3:弱みをカバーし、強みを伸ばすトレーニング

自己分析で明らかになった課題と目標に基づき、個別支援計画に沿ったトレーニングが始まります。これは、弱点を補い、強みを仕事に活かせるレベルまで引き上げるための重要な期間です。

苦手を克服・カバーする訓練

多くの事業所では、発達障害の特性に合わせた様々なプログラムが用意されています。ある事例では、複数のタスクにパニックになりがちだった女性が、支援員のアドバイスを受けながら「メモを取る訓練」を繰り返しました。最初は要点が抜けたり走り書きになったりしていましたが、次第に1枚の紙に要点を整理できるようになり、タスク管理への自信を深めていきました。

  • タスク管理・時間管理術:Todoリストの作り方、優先順位の付け方、ポモドーロテクニックなどの時間管理術を学び、実践します。
  • SST(ソーシャルスキルトレーニング):グループワークを通じて、相手の話を最後まで聞く、自分の意見を適切に伝える、断り方などをロールプレイング形式で練習します。
  • ストレス・感情コントロール:自分の感情の波を理解し、ストレスの原因と対処法を学ぶアンガーマネジメントやリラクゼーション法を習得します。

強みを活かす職業訓練

ASDの特性は、弱みであると同時に大きな強みにもなり得ます。特定の分野への高い集中力、正確性、論理的思考、パターン認識能力などは、多くの職場で求められる資質です。就労移行支援では、これらの強みを専門スキルに結びつける職業訓練を受けることができます。

  • IT・Web系:プログラミング、Webデザイン、CADオペレーター、ソフトウェアのテスターなど、ルールや論理性が重視される仕事。
  • 事務・経理系:経理、法務、データ入力、校正・校閲など、正確さや几帳面さが求められる仕事。
  • クリエイティブ系:DTPデザイン、動画編集、ライティングなど、こだわりや独自の視点が活かせる仕事。

対人関係は苦手でも、特定の専門分野で高い能力を発揮する女性が、こうした訓練を経て「専門職」として活躍する事例は数多く報告されています。

マッチングを重視した就職活動

トレーニングで自信とスキルを身につけたら、いよいよ就職活動です。ここでも就労移行支援のサポートが大きな力となります。重要なのは、給与や企業の知名度といった条件だけでなく、「自分と職場とのマッチング」を最優先に考えることです。

  • 企業実習(インターンシップ)の活用:ミスマッチを防ぐ最も有効な手段が、入社前に実際の職場で数日間〜数週間働く「企業実習」です。業務内容はもちろん、「オフィスの音環境は耐えられるか」「指示の出し方は分かりやすいか」「職場の人間関係の雰囲気はどうか」といった、求人票だけでは分からないリアルな職場環境を体感できます。企業側も本人の働きぶりを直接見ることができるため、採用後のギャップを減らせます。
  • マッチングを重視した求人選び:支援員は、本人の特性や希望を深く理解した上で、数多くの企業情報の中から相性の良い求人を提案してくれます。例えば、「静かな環境で黙々と作業できる」「マニュアルが整備されている」「成果で評価される」といった、ASDの特性を持つ人が働きやすい求人を見つけ出してくれます。
  • 障害特性を伝える面接対策:面接で最も不安なのが、障害についてどう伝えるかです。支援員と何度も模擬面接を重ね、「ステップ2」で作成した「取扱説明書」を基に、自分の特性をネガティブな情報ではなく「共に働く上で知っておいてほしい情報」として、前向きかつ具体的に伝える練習をします。必要に応じて支援員が面接に同席し、本人に代わって説明を補足してくれる場合もあります。

ステップ5:就職後も続く「定着支援」で安心してスタートを切る

「内定はゴールではなく、スタートである」——これは就労支援の現場でよく言われる言葉です。実際に働き始めると、訓練期間中には想定しなかった新たな壁にぶつかることが少なくありません。人間関係の些細なすれ違い、業務量の調整、体調の波など、一人で抱え込むと大きなストレスとなり、早期離職の原因になりかねません。

ここで生命線となるのが、就労移行支援事業所による「定着支援」です。就職後、原則として6ヶ月間、支援員が定期的に本人と連絡を取ったり、職場を訪問したりします。そして、本人が抱える悩みや困りごとをヒアリングし、上司や人事担当者に直接言いにくいことを代弁したり、解決策を一緒に考えたりと、本人と企業の間で橋渡し役を担ってくれます。このサポートがあることで、小さなつまずきが大きな問題に発展する前に対処でき、安心して新しい職場に慣れていくことができるのです。なお、6ヶ月経過後もサポートが必要な場合は、「就労定着支援」という別のサービスに切り替えて、最長3年間の支援を受けることも可能です。

【企業担当者の方へ】ASD女性の雇用と定着を成功させるポイント

障害者雇用は、もはや単なる法的義務の遵守や社会貢献活動ではありません。労働力人口が減少する現代において、多様な人材の能力を最大限に引き出すことは、企業の持続的な成長に不可欠な経営戦略です。この章では、ASDの特性を持つ女性の雇用を成功させ、彼女たちを貴重な戦力として活かすためのポイントを解説します。

なぜ今、障害者雇用が重要なのか?

法定雇用率の段階的引き上げ

障害者雇用促進法に基づき、民間企業に義務付けられている法定雇用率は、段階的に引き上げられています2024年4月には2.3%から2.5%へ、さらに2026年7月には2.7%へと上昇する予定です。これにより、雇用義務の対象となる事業主の範囲も、従業員40.0人以上(2025年4月時点)、37.5人以上(2026年7月時点)へと拡大します。法定雇用率の未達成は、不足人数に応じた納付金(事実上の罰金)の支払い義務に繋がるため、計画的な採用活動が全ての企業にとって喫緊の経営課題となっています。

出典: 厚生労働省、freee株式会社の情報を基に作成

人材不足時代の新たな戦力

少子高齢化が進む日本では、労働力の確保が深刻な課題です。働く意欲と能力がありながら、特性への理解や配慮が不足しているために力を発揮できていない障害者は、企業にとって貴重な潜在的人材です。特にASDの特性を持つ人々は、特定の業務において定型発達者以上の集中力や正確性を発揮することがあります。彼女たちの雇用は、単なる「コスト」ではなく、組織の多様性を高め、新たな価値を創造する「未来への投資」と捉えるべきです。

就労移行支援事業所と連携するメリット

自社だけで障害者雇用を進めるには、専門知識やノウハウの不足という壁があります。そこで強力なパートナーとなるのが、本記事で解説してきた「就労移行支援事業所」です。

  • 採用のマッチング精度向上:事業所の支援員は、利用者の障害特性、得意・不得意、性格、希望する働き方などを長期間にわたって深く理解しています。そのため、企業が求める人物像や業務内容を伝えることで、自社にマッチする可能性の高い人材を紹介してくれます。これは、手探りの採用活動に比べて、はるかに効率的でミスマッチのリスクを低減できます。
  • 採用後の定着支援による負担軽減:障害者雇用の最大の課題は「定着」です。精神・発達障害者の1年後の職場定着率は約50%というデータもあり、採用してもすぐに離職してしまうケースは少なくありません。事業所と連携すれば、入社後も支援員が本人と企業の間に立ち、定期的な面談や環境調整のサポートを行ってくれます。問題が大きくなる前に専門家が介入してくれるため、現場の管理者の負担が大幅に軽減され、結果として定着率の向上に繋がります。

職場で実践できる具体的な配慮(合理的配慮)

ASDの特性を持つ女性が安心して能力を発揮するためには、いくつかの環境調整や業務上の工夫が効果的です。これらは「合理的配慮」と呼ばれ、2024年4月から企業に提供が義務化されています。特別な設備投資が必要なものばかりではなく、少しの工夫で実践できるものがほとんどです。

環境整備

  • 聴覚・視覚への配慮:電話が少ない、人の往来が少ない静かな席に配置する。パーテーションで視覚情報を遮る。本人の希望があれば、ノイズキャンセリングイヤホンの使用を許可する。

業務指示の工夫

  • 具体的・明確な指示:「いつまでに(When)」「誰が(Who)」「何を(What)」「なぜ(Why)」「どのように(How)」を明確に伝えます。抽象的な表現は避け、タスクは細分化して一つずつ指示します。
  • 指示の可視化:口頭での指示は記憶に残りにくいため、必ずチャットやメール、指示書などテキストで残します。チェックリストを作成するのも有効です。

コミュニケーション

  • 雑談の強要を避ける:目的のない会話が苦手な特性を理解し、昼休みや休憩時間に一人で過ごすことを許容します。業務に必要なコミュニケーションに絞ることで、本人のエネルギー消耗を防ぎます。
  • 定期的な1on1面談:週に1回、15分程度でも良いので、上司と1対1で話す時間を設けます。業務の進捗確認だけでなく、「困っていることはないか」「体調はどうか」などをヒアリングし、問題を早期に発見する機会とします。
  • 「できること」に着目する:「できないこと」を責めるのではなく、「できること」や「得意なこと」を見つけ、それを活かせる業務を任せることで、本人の自信と生産性が向上します。

これらの配慮は、ASD当事者だけでなく、職場全体のコミュニケーションを円滑にし、業務の標準化や効率化にも繋がるという副次的効果も期待できます。

活用できる助成金制度

障害者を雇用し、働きやすい環境を整備する企業に対しては、国から様々な助成金が支給されます。これらを活用することで、採用や環境整備にかかるコスト負担を軽減できます。

出典: 厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)」の情報を基に作成
  • 特定求職者雇用開発助成金:ハローワーク等の紹介により、障害者などを継続して雇用する事業主に対して支給されます。例えば、精神障害者を中小企業が雇用した場合、最大120万円(助成対象期間2年)が支給される場合があります。
  • 障害者介助等助成金:障害のある従業員のために、職場介助者の配置や手話通訳担当者の委嘱などを行った場合に、その費用の一部が助成されます。
  • 障害者作業施設設置等助成金:障害のある従業員が作業をしやすくするために、施設や設備を設置・整備した場合に費用の一部が助成されます。

これらの制度の詳細は、ハローワークや高齢・障害・求職者雇用支援機構のウェブサイトで確認できます。就労移行支援事業所が申請をサポートしてくれる場合もあります。

まとめ:自分を理解し、支援とつながることで「働く未来」は拓ける

本記事では、ASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ成人女性が直面する「見えない生きづらさ」の正体から、その困難を乗り越え、自分らしく働くための具体的な道筋として「就労移行支援」の活用法までを、多角的に解説してきました。

改めて、重要なポイントを振り返ります。

  1. 困難の根源は「特性」にある:職場で経験する数々の困難は、あなたの性格や努力不足が原因ではありません。生まれ持った脳の機能特性に起因するものであり、正しい自己理解こそが、すべての対策の出発点です。
  2. 一人で抱え込まない:就労移行支援は、スキル習得、自己分析、就職活動、そして就職後の定着までをトータルで支える公的なサービスです。専門家である支援員や、同じ悩みを持つ仲間と共に歩むことで、一人では越えられなかった壁を乗り越えることができます。
  3. 「マッチング」が成功の鍵:自分の特性を「弱み」ではなく「個性」として受け入れ、それを活かせる職場環境や業務内容を戦略的に選ぶことが、長期的な安定就労に繋がります。就労移行支援の企業実習や定着支援は、そのための強力なツールです。
  4. 企業にとっても「未来への投資」:法定雇用率の上昇という背景もあり、企業は多様な人材の活用を迫られています。ASDの特性を持つ人々の雇用は、適切な配慮と連携体制を築くことで、組織に新たな強みと成長をもたらす可能性を秘めています。

もしあなたが今、仕事のことで深く悩み、未来に希望を見出せずにいるのなら、どうか「私のせいだ」と自分を責めることをやめてください。その生きづらさは、あなただけのせいではありません。そして、あなたは一人ではありません。

この記事を読んだことが、ほんの小さなきっかけで構いません。まずは、お住まいの地域の「発達障害者支援センター」に電話をしてみる。あるいは、気になる就労移行支援事業所のウェブサイトを覗いて、見学を申し込んでみる。その小さな一歩が、あなたの「働く未来」を大きく拓く、確かな一歩となるはずです。

そして、企業が個々の特性を「違い」として尊重し、誰もが持てる力を最大限に発揮できる環境を整えること。当事者が適切な支援とつながり、自信を持って社会に参加すること。その両輪が噛み合ったとき、私たちは真の「共生社会」の実現へと、また一歩近づくことができるでしょう。

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