コラム 2025年12月11日

大人の軽度ASDと就労移行支援:特性を活かして働くための完全ガイド

「どうも職場に馴染めない」「曖昧な指示が理解できず、ミスを繰り返してしまう」「悪気はないのに、発言が場違いだと指摘される」。こうした悩みを抱え、もしかしたら自分は発達障害かもしれないと感じている大人が増えています。特に、自閉スペクトラム症(ASD)の特性が比較的目立ちにくい「軽度」の場合、子どもの頃には気づかれず、社会に出てから困難に直面するケースが少なくありません。

この記事では、大人の軽度ASDの特性を詳しく解説するとともに、その特性を「弱み」ではなく「強み」として活かし、自分らしく働くための具体的な方法として「就労移行支援」の活用法を、最新のデータや制度を交えながら包括的にガイドします。

大人の「軽度」自閉スペクトラム症(ASD)とは?

自閉スペクトラム症(ASD)は、生まれつきの脳機能の偏りによって、物事の捉え方や行動パターンに特有の傾向が見られる発達障害の一つです。対人関係の構築やコミュニケーション、特定の物事への強いこだわりといった特徴があります。

「軽度」が意味するもの

まず重要なのは、「軽度ASD」という言葉は正式な医学的診断名ではないという点です。一般的に、ASDの診断基準においてサポートの必要性が3段階(レベル1〜3)で示されるうち、最もサポートの必要性が低い「レベル1(サポートが必要)」の状態を指して使われることが多いです。

「軽度」という言葉から「問題が軽い」と誤解されがちですが、決してそうではありません。周囲からは問題なく社会生活を送っているように見えても、本人はその裏で、人知れず膨大なエネルギーを消費し、多大な努力とストレスを抱えていることが少なくないのです。

大人になって顕在化する3つの主な特性

軽度ASDの特性は、主に以下の3つの領域で現れます。学生時代は許容されていたことでも、複雑で曖昧なコミュニケーションが求められる大人の社会、特に職場環境で困難として顕在化しやすくなります。

1. 対人相互作用とコミュニケーションの障害

言葉の裏を読む、表情から感情を察するといった非言語的なコミュニケーションが苦手な傾向があります。

  • 言葉を文字通りに受け取る:「適当にやっておいて」といった曖昧な指示や、「空気を読んで」という抽象的な要求にどう対応していいか分からず混乱する。冗談や皮肉を真に受けてしまうこともあります。
  • 非言語的サインの読み取り困難:相手の表情や声のトーン、視線から感情や意図を汲み取ることが難しく、会話が噛み合わなかったり、相手に誤解を与えたりすることがあります。
  • 場の空気が読めない:会議中に一人だけ関係のない話を始めたり、相手が忙しそうなのに気づかず話しかけたりと、その場の雰囲気や暗黙のルールを察することが苦手です。

2. 行動・関心・活動の限定的、反復的パターン

特定の物事に対して非常に強い興味やこだわりを持つ一方で、それ以外のことには無関心という傾向が見られます。イマジネーションの障害とも言われます。

  • 強いこだわりと柔軟性の欠如:仕事の手順や物の配置など、自分なりのやり方(ルーティン)に強くこだわり、急な予定変更や手順の変更に強いストレスを感じ、パニックに陥ることがあります。
  • 限定された興味:興味のある分野については専門家並みの知識を持つ一方、一般的な雑談や関心のない話題にはついていけず、一方的に自分の話ばかりしてしまうことがあります。

3. 感覚の過敏または鈍麻

特定の音、光、匂い、触覚などに対して、極端に敏感(過敏)であったり、逆に鈍感(鈍麻)であったりします。

  • 感覚過敏:オフィスの蛍光灯が眩しすぎる、パソコンのファンの音や人の話し声が気になって集中できない、特定の素材の服が肌に触れると不快で着られない、といった困難を抱えることがあります。
  • 感覚鈍麻:痛みや温度に気づきにくく、怪我をしても分からなかったり、体調の変化を自覚しにくかったりします。

職場で直面する具体的な困難と二次障害のリスク

これらの特性は、大人の社会生活、特にチームワークや臨機応変な対応が求められる職場で、さまざまな困難を引き起こす原因となります。

コミュニケーションと人間関係の壁

軽度ASDの人が職場で最も苦労するのがコミュニケーションです。悪気なく相手を不快にさせてしまったり、「KY(空気が読めない)」と評価されたりすることで、人間関係の構築に悩み、孤立してしまうことがあります。

  • 報告・連絡・相談(報連相)の難しさ:どのタイミングで、何を、どこまで報告すれば良いのか判断が難しく、情報共有がスムーズにいかないことがあります。
  • 雑談への不参加:同僚との昼食や休憩時間の雑談が苦痛で、輪に入れないことがあります。これが原因で「付き合いが悪い」と見なされることもあります。
  • 適切な距離感の欠如:相手との物理的・心理的な距離感が分からず、馴れ馴れしすぎたり、逆に壁を作ってしまったりします。

業務遂行上の課題

仕事そのものをこなす能力は高くても、働き方の面で困難が生じることがあります。

  • マルチタスクの苦手さ:複数の業務を同時に進めることや、優先順位をつけて効率的に作業することが苦手です。一つのことに集中すると、他のことが見えなくなりがちです。
  • 変化への対応の遅れ:急な仕様変更や担当業務の変更があると、頭が真っ白になり、どう動けば良いか分からなくなります。事前に心の準備をする時間が必要です。
  • 完璧主義と時間管理:細部にこだわりすぎるあまり、全体のバランスを見失ったり、時間内に仕事を終えられなかったりすることがあります。

見過ごせない二次障害のリスク

職場で繰り返し失敗体験を重ね、周囲から理解されずに叱責され続けると、自己肯定感が著しく低下します。こうしたストレスが積み重なることで、本来のASDの特性に加えて、精神的な不調をきたす「二次障害」を引き起こすリスクが高まります。

二次障害の例:

  • 適応障害
  • うつ病、双極性障害
  • 不安障害、パニック障害
  • 強迫性障害
  • 摂食障害
  • 依存症(アルコール、薬物、ゲームなど)
  • ひきこもり

二次障害を発症すると、治療がより複雑になり、社会復帰にも時間がかかります。そうなる前に、自身の特性を正しく理解し、適切なサポートにつながることが極めて重要です。

就労移行支援:働くための強力なサポーター

こうした困難を一人で乗り越えるのは容易ではありません。そこで大きな助けとなるのが「就労移行支援」です。これは、障害者総合支援法に基づき、障害のある方が一般企業へ就職し、働き続けることをサポートする福祉サービスです。

障害者手帳を持っていない場合でも、医師の診断書や意見書があれば、自治体の判断によって利用できる可能性があります。

就労移行支援のサービス内容

就労移行支援事業所では、最長2年間(自治体の判断により延長可能)、一人ひとりの特性や目標に合わせたオーダーメイドの支援を受けることができます。サービスは大きく4つの段階に分かれています。

  1. 就労に向けたトレーニング:事業所に通いながら、働くための土台を作ります。生活リズムの安定、PCスキル、ビジネスマナー、ストレス管理、SST(ソーシャルスキルトレーニング)など、多岐にわたるプログラムが用意されています。
  2. 自己理解と職場探し:専門の支援員との面談を通じて、自分の得意・不得意、興味・関心を深く掘り下げます。これを基に、自分に合った職種や働きやすい職場環境を一緒に探します。
  3. 職場実習と就職活動:興味のある企業で実際に働く「職場実習」を体験できます。これにより、仕事内容や職場の雰囲気との相性を見極めることができます。また、履歴書の添削や模擬面接、実際の面接への同行など、就職活動を全面的にサポートします。
  4. 職場定着支援:就職はゴールではありません。就職後も最長3年半(就労移行支援から6ヶ月、その後は就労定着支援へ移行)、定期的な面談や企業との調整を通じて、職場で長く安定して働き続けられるようサポートします。

「職業準備性ピラミッド」で土台から築く

多くの就労移行支援事業所では、「職業準備性ピラミッド」という考え方に基づいた支援を行っています。これは、働くために必要な能力を階層的に捉えたものです。専門的なスキル(職業適性)を身につける前に、その土台となる健康管理や日常生活管理、対人スキルなどを安定させることが、長く働き続けるためには不可欠であるという考え方です。

軽度ASDの人は、特定のスキルは高くても、このピラミッドの下層部分(健康管理、対人スキルなど)に課題を抱えていることが多いため、就労移行支援を通じて土台からしっかりと固めていくことが、就職後の安定につながります。

他の支援サービスとの違い

働くための支援には他にも種類があります。それぞれの違いを理解し、自分に合ったサービスを選ぶことが大切です。

  • ハローワーク:求人紹介がメイン。職業訓練もありますが、就労移行支援ほど個別的・長期的なサポートはありません。
  • 就労継続支援(A型・B型):一般企業で働くことが現時点では難しい人に対し、雇用契約を結んだり(A型)、工賃を得ながら軽作業を行ったり(B型)する「働く場」を提供します。一般就労を目指す「訓練」が主体の就労移行支援とは目的が異なります。
  • 就労選択支援:就労移行支援などを利用する前に、本人の希望や能力、適性を評価(アセスメント)し、どの支援が最適かを一緒に考える新しいサービスです。

軽度ASDの特性を「強み」に変える就労戦略

ASDの特性は、見方を変えれば大きな「強み」になります。就労移行支援などを活用し、自分の特性と仕事内容・職場環境をうまくマッチングさせることが、職業生活での成功の鍵です。

特性を活かせる仕事と環境

ASDの人が持つ以下のような特性は、特定の業務において高いパフォーマンスを発揮する可能性があります。

  • 高い集中力と持続力:興味のあることに対して、驚異的な集中力を発揮します。
  • 正確性と細部への注意力:細かな違いやミスに気づきやすく、丁寧で正確な作業が得意です。
  • 論理的思考とパターン認識能力:感情に流されず、客観的・論理的に物事を分析するのが得意です。
  • 誠実さと正直さ:ルールや決まり事を忠実に守り、真面目に仕事に取り組みます。

向いている可能性のある職種の例:

  • IT・技術職:プログラマー、システムエンジニア、Webデザイナー、テスター、データサイエンティスト
  • 事務・管理職:経理、法務、データ入力、品質管理、校正・校閲
  • 研究・専門職:研究者、学芸員、図書館司書、翻訳
  • 技能職:職人、製造業のライン作業、精密機器の組み立て

重要なのは、職種だけでなく「職場環境」です。業務指示が明確で、個人の裁量が少なく、ルーティンワークが中心の仕事や、静かで一人で集中できる環境が適していることが多いです。

企業に求められる「合理的配慮」

障害者雇用促進法では、企業に対して、障害のある人が働く上での障壁を取り除くための「合理的配慮」を提供することが義務付けられています。これは、本人の能力を最大限に発揮させるための重要な取り組みです。

軽度ASDの人に対する合理的配慮の例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 指示の明確化:「あれ」「それ」といった指示語を避け、「誰が」「何を」「いつまでに」を具体的に伝える。口頭だけでなく、メールやチャットなど文字で指示を出す。
  • 業務の視覚化:作業手順をマニュアル化したり、チェックリストを作成したりする。
  • 環境調整:騒音が苦手な人にはノイズキャンセリングイヤホンの使用を許可する。視覚情報が多いと混乱する人にはパーテーションを設置する。
  • 予定変更の事前通知:可能な限り早く予定の変更を伝え、心の準備をする時間を与える。
  • 定期的な面談:1on1ミーティングなどを定期的に行い、困っていることや不安なことを早期に把握する。

就労移行支援事業所の支援員は、本人に代わって企業にこれらの配慮を伝え、調整する役割も担ってくれます。

日本における障害者雇用の現状と未来

近年、日本の障害者雇用を取り巻く環境は大きく変化しています。法制度の改正により、企業の雇用義務が強化され、ASDを含む精神・発達障害のある人々の就労機会は確実に広がっています。

変化する法制度と高まる雇用ニーズ

企業に義務付けられている障害者の法定雇用率は、段階的に引き上げられています。これにより、特にこれまで障害者雇用に積極的でなかった中小企業においても、採用ニーズが高まっています。

さらに、2024年4月からは、週の労働時間が10時間以上20時間未満の精神障害者・重度身体障害者・重度知的障害者も、実雇用率に0.5人として算定可能になりました。これにより、フルタイム勤務が難しい人でも、より柔軟な働き方を選択しやすくなっています。

データで見る就労移行支援の効果

就労移行支援の有効性は、データにも表れています。就労移行支援事業所を利用した人の就職率は、他の福祉サービスと比較して高い水準にあります。

  • 高い就職率:ある調査では、就労移行支援事業所利用者の全体の平均就職率は52.9%に達しています。
  • 高い職場定着率:実践的な訓練を経て就職した人の6ヶ月後の職場定着率は86.8%という高い数値を示しており、就職後のサポートがいかに重要かを示唆しています。

一方で、精神障害者全体で見ると、1年以内に離職する割合が約5割にのぼるというデータもあり、就職後の「定着支援」の重要性がますます高まっています。就労移行支援は、この定着支援までを一貫して提供する点で、非常に価値のあるサービスと言えます。

一人で悩まず相談できる場所

就労移行支援事業所以外にも、悩みを相談できる公的な窓口は多数存在します。どこに相談すればよいか分からない場合は、まずこれらの機関を訪ねてみることをお勧めします。

  • 発達障害者支援センター:発達障害に関する専門的な相談支援を行う機関。本人や家族からの相談に応じ、適切な支援機関につなげてくれます。
  • ハローワーク(障害者専門窓口):障害者手帳を持つ人向けの求人紹介や職業相談を行っています。「精神・発達障害者雇用サポーター」が配置されており、専門的な支援を受けられます。
  • 地域障害者職業センター:ハローワークと連携し、職業評価や職業準備支援、ジョブコーチ支援など、より専門的なサポートを提供します。
  • 障害者就業・生活支援センター:就業面と生活面の両方から一体的な支援を行う身近な相談窓口です。

まとめ:自分らしい働き方を見つけるために

大人の軽度ASDは、決して「治す」べきものではありません。それは、その人だけが持つユニークな「特性」です。その特性は、環境や関わり方次第で、困難の原因にもなれば、比類なき「強み」にもなり得ます。

職場で困難を感じているなら、それはあなたの能力が低いからではなく、単に特性と環境がミスマッチを起こしているだけかもしれません。大切なのは、一人で抱え込まず、自分の特性を正しく理解し、適切なサポートを求めることです。

就労移行支援は、そのための最も強力なツールの一つです。自己理解を深め、働くためのスキルを身につけ、自分に合った職場環境を見つけ、そして長く働き続けるまで、専門家が伴走してくれます。

もしあなたが、あるいはあなたの大切な人が、原因の分からない生きづらさや働きづらさを感じているなら、まずは一歩を踏み出し、専門機関に相談してみてください。そこから、あなたの特性が輝く、新しいキャリアが始まるかもしれません。

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